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ーYourselfー
第10話『出でよ、"ペルソナ"』


(…木ノ葉君が……召喚した─────!?)



 ゴォォォォ…



 彼自らが己に銃口を突き付け、引き金を引いた。鎖が弾けた様な音が脳内に響くと、撃った反対側のこめかみから青白いガラスの様な破片が飛散し、それは風が吹いておらずとも竜巻の如く渦巻き、彼の頭上に上り詰める。やがてその破片は形を創り始めた。
 人の様で。しかし、人でない様で。彼そっくりの髪型をした白髪、彼そっくりな容姿を持つ"仮面の鎧"。"それ"は上空で完全に創られると、その身を翻す。持ち前の白い髪と、首に巻いた赤いスカーフが靡いた。背中には白く美しい竪琴を担がれている。"それ"の"主"である彼は、力を失ったかの様に腕をダランと下げて立っており、いつの間にか、足下にはあの銃器が落とされていた。青黒く少し長い髪で隠されてよく解らないが、彼の口元の端を吊り上げた表情は、背筋がゾクリと硬直する、不快感を覚える笑みを浮べられている。
 横たわった自分の身体を少し起こしたその態勢で、ゆかりは、ただただそんな彼を見ていた。




【我は汝…、汝は我…。我は汝の心の海より出でし者…。
 幽玄の奏者…《オルフェウス》なり────】




 《オルフェウス》…。
 それが、木ノ葉秋菜の"仮面の鎧"…。



『……"ペルソナ"────』


 少女の独りでに呟く声が、微かにその場で響く。しかし、それは直ぐに不気味な月明かりへと溶けていき、気付いた者はいない。







────────────
────────
────



 何処からか静かに風が吹き始め、髪やブレザーを靡かせた。その中、僕は何故かフッと口を歪ませる。

 ────楽しかった。嬉しかった。

 僕を縛っていた何かが一気に解き放たれ、解放された気がして。悩みや不安ばかり抱えているモヤモヤとした頭を、一思いに貫かれて粉砕された気がして。自分の細胞が細胞分裂中に異常を生じたみたいに、自己の体内で何かイレギュラーな事態が起こり、何らかの"力"が新しく発生した気がして。

(あぁ、何て心地がいいんだろう)

 今ならどんな不可能も可能に出来る気がしてならない。堪らなく楽しい。この"世界"が堪らなく美しい。
 しかし、この"世界"を支配し、同時に人間からの視線で邪魔物と値する存在は、今まさに自分の目の前にいた。剣を振り回しながら此方に向かってくる、巨大な"影"だ。
 青白い光を放つ仮面をキョロキョロと左右に"手"で動かすと、宙に浮いた《オルフェウス》に向けて、多数ある剣の内、幾本投げる。真っ直ぐに飛んできたそれを、体を傾けて避けたり、後ろに装備していた竪琴で薙ぎ払い、《オルフェウス》はいとも簡単に全ての剣をかわしてみせた。その竪琴を、今度は一旦頭上に構えると、ヤツに近付き勢いよく振り下ろした。ヤツはそれを剣で受け止める。ミシミシッ、と音が微かに漏れる。見て解る限りでは、ヤツらの力は互角だ。


『……グッ…!!
 …アァァァァッ!!


 突如、頭が何かによってギリギリと強く締め付けられている様な痛みを感じた。痛みのあまり目を見開かせ、両手で頭を押さえながら、冷たいコンクリートに膝を着けた。息が自然と荒くなる。
 「我は汝、汝は我」。つまり"異変"は自分だけで留まらず、《オルフェウス》までをも襲う。急停止した様に固まり、手が握力を失い竪琴が落ちた。"それ"の身体が右へ、後ろへ、四方八方へ、妙に大きな角度にグニャリグニャリと曲がり始めると、大きく開けられた口から白い腕が覗く。やがて両手が現れ口の両端を掴むと、勢いよく腕を押し伸ばし、身体諸とも真っ二つ粉砕した。
 そこに現れた"モノ"は、肩から重そうで長い鎖を垂らし、それに人間の体長くらいの棺桶を数個吊るしていた。風が吹く度、腰に装着されてたマントと共にそれらも、ジャラ…ジャラ…と音を立てながら靡く。白く前に飛び出した顔らしき"被り物"には、引き込まれる様な底無しの"目"。全体が白く長い腕や足。黒い胴体。そして、血濡れたその"姿"。腰には、鞘に収められた剣が吊るされていた。


 そう、その"姿"を敢えて例えるなら、"死神"。


 僕には、"それ"がそう見えた。
 "死神"も"ペルソナ"と同じ類いなのだろう、ヤツに戦闘態勢を取っていた。
 静かに、剣の柄を握って。




 ダッ─────…と巨大な個体が動き出し、張り詰めて静止していた空気が流れ出す。未だ、頻りに痛み続ける頭を抱えながら、膝をコンクリートから離し、僕は重い顔を上げた。

 ヤツらは何も発することなく己の幾本もの剣を其々振り回す。しかし、どうやら"死神"の方が上手(ウワテ)らしい、一本の剣で多数の剣を相手にし、尚且つ圧している。
 やがて"死神"の剣が振り下ろされた時、ヤツの多数ある腕の内、一本が切り離された。カランッ、と、握られていた剣が音を立てて落ち、腕は水揚げ仕立ての魚の様にピチピチと地面で跳ねる。しかし相手は怯まない。止まる気配がしない。それ処か、反対に今の内に隙を突こうと勢いを増す。今度は"死神"が圧され始め、殺られる前に一旦その場から僕の頭上へと退く。
 "死神"は、《オルフェウス》から出てきたものであり、そして、"それ"は僕によって"召喚"されたもの…。少なくとも、僕と何らかなモノが繋がっているのは確かだ。


 …と言う事は、"死神"が力尽きて動けなくなったり、下手をしてその隙を突かれれば───。


 言わば、"死神"とは一身同体だ。先程僕の頭に激痛が走った際、《オルフェウス》にも影響が及んだ様に(もしくはその逆かも知れないが)、もし"死神"が殺られれば、自分も恐らく息絶えてしまうのだろう。

(……嫌だ…、そんな、呆気ない死に様なんて)

 何の為にもならず、況してや、訳の解らない"世界"で訳の解らない"生物"によって殺されるなんて。

(……僕は、死ねない)

 まだ知りたい事が、解明したい事が沢山ある。今、"それら"を知らずにあの世へ去ると、化けてこの世をさ迷ってしまいそうな程、"それら"に執着を、この胸で抱いている。
 この"力"を、手に入れた事によって。



『───……フッ…』



 また口元が吊り上がり、白い歯が覗く。
 考えてみれば、答えは簡単なこと…………悩む必要などなかった。

(……なら、殺られる前にヤツを殺ればいい…)



『ただ、それだけの事……』



 まだ、この命の焔が消え失せぬ様にするには、今出せる限りの"力"を、"コイツ"に注ぐまでだ。
 例え、ここで意識を失い、動けなくなろうとも。




("コイツ"に"力"を)




 ただ、その事だけに集中する………と、急に脳内がクリアになってゆく気がした。
 その直後だ。青白い光が足下から沸き出したのは。僕を中心に上へ上へと渦巻いて、やがて"死神"に纏ったのは。髪や服が乱れているのが目蓋を閉じても解る程、その勢いは強い。見えているだけでなく実際に"力"として、風と共に激しく乱舞しながら噴き上がる様に"世界"で具現化している。
 ゆっくり閉じた目蓋を、ゆっくり開いた。視界は青白い光に包まれている。その光の隙間から、姿を覗かせる"獲物"。


 ────狙うは、ヤツだ。





『…………殺れ





 腕を切られて若干狼狽している"影"に、ピンと指を差す。"死神"は、ウガァァァ…と雄叫びを上げると、柄を強く握り直しながら前に飛び出した。マントや鎖、柩が大きく揺れる。動き出した空気の勢いで、多少ふらついた。

 相手は、名前も種類も存在も何もかも得体の知れない、正体不明の異形なる生物。攻撃を仕掛けて何が起こるか解らないのに……返り討ちされるかも知れないのに………不思議と、戦意が湧いてきた。負ける気がしなかった。何故負けるのか?そんな要素があるのか?そこまで思ってしまう。どうしてこんな気持ちが湧いてくるのか、自分でも不思議でならない。
 後の事を一切考えず、「"厄介事"に巻き込まれるだろうか」といつも思うクセにその考えにも至らず、自分の意のまま異ともせず、ヤツに刃を向けさせた。
 巻き込まれるのは、自分が一番拒んでいた事柄の筈なのに。

 "死神"は血刀を鞘から勢いよく引き抜き、斜めに振り上げる。ヤツはその攻撃を避けきれず、呆気なく"顔"を真っ二つに引き裂かれた。コンクリートで1バウンドすると、それは粉々に粉砕し、視界から消える。あたふたと動く"腕"。全ての剣を構え直すも、"死神"が剣で守られていない"隙間"を見つけ、そこを目掛けて剣を振り下ろした。ヤツの"体"は無造作に2つに分けられ、"腕"がモゾモゾと踊り狂う。切り口から塵の如くボロボロと崩れていくと、やがて、"それ"は跡形もなく消滅した。
 肩で息をする"死神"は、序盤で切り落とした"腕"が己の視界に入ると、それをすばやく手荒に拾い取った。



『ウガァァァ…─────!!』



 "死神"に握られてもなお奇妙な動きをする"腕"は、満月に向けて自分の腕を振りかざし、先程より力強い雄叫びを上げる"死神"によって躊躇無く握り潰された。
 《オルフェウス》だった時、ヤツとの力は互角であり、いつ殺られてもおかしくない状況だった。しかしヤツと"それ"の強さは、天に昇る月と地を歩くスッポンの様に違った。
 やがて圧倒的な強さを持った"死神"が剣を鞘に収めると、元の姿────《オルフェウス》に戻り、そして闇夜に消えた。途端に、頭の痛みも、まるで嘘だった様に収まる。
 ……戦いは、終わった。


『……終わった…の…?』


 背後から岳羽の震えた声が、先程とは打って変わって鎮まり返った屋上に、静かに響く。

 …ドサッ────

 彼女に振り返ろうとすると、忽然と視界がボヤけ、歪み、身体が重たく感じた。足で支えられなくなり、その場に膝を着くと、操り人形の原動力である糸をプツリと断ち切られた様に倒れ伏す。世界が反転して漸く、自分が倒れたんだと気付いた。
 徐々に五感が鈍くなり、視界が狭まっていく。気が遠くなりそうだ。手を着いて立ち上がろうとしても、その腕がピクリとも動かない。

(…寒い…怖い……)

 つい先程まで訳の解らないモノと戦っていたクセに、今になって、懐かしい感情がこの胸を支配する。
 真っ暗で、不安で…怖くて…苦しくて……。こんな目に遭ったのは初めての事の筈なのに、不思議と初めてだと感じない。

(…"怖い"……けど、懐かしい…な…)

 普段なら鉢合わせにならない不釣り合いの感情が、僕の心の中で入り交じる。
 …同じだ。熱を帯びた血脈が身体中を巡る、この感覚が。視界が真っ暗で動けない、今の状態が。でも、何と同じだと言うのだろう。身に覚えがない。これを懐かしいと思う切っ掛けとなる思い出など、"いつもの世界"で生きてきた17年間では思い当たらない。
 一体、何がこの様な感情を沸き立たせるのか……しかし、今は予想を遥かに超える疲労困憊で、思考能力すら停止仕掛けている。


『…こ、木ノ葉君……!?』


 震える声を上げて走り寄る、1人の少女。しかし、誰の声かが解らない。恐らく岳羽なのだろうが、聴覚以外の五感で確かめようにも、唯一役に立つ視覚は、目蓋が固く閉ざされてしまっている。そしていつの間にか、腕処か指先すら動かない。

(……何故…なんだろう…?)


『…確りして、木ノ葉君っ!!』


 バンッ!!


『無事か!?』


 少女の声、戸が乱暴に開かれた音、開けただろう人物の声や足音……それらが同時に聞こえる。

(……先輩…?)

 予想は何とか立てられるが、声には出来ない。


『…ねぇ、ちょっと!返事してったら!!
 起きてったら────っ!!!!



(………"怖い"……な…)



 身体を揺さぶられ、彼女に喉から絞り出した様な声で叫ばれながらも、僕は静かに意識を手放した。







────────────
────────
────



 ふわり、ふわり、無重力な世界。

 右も左も、上も下もない。




 そんな中────何処からか 声が聴こえた。






【君の選んだその道は……いつか、"命のこたえ"へと導いてくれる。

 残酷な定めが、君を待っているかも知れないけどね………】









 ……そう…──────これが、これから起こる全ての"切っ掛け"でもあった。






 後に、"彼"は狂喜に浸りながらこう語るだろう。

 これは"不可能"への第一歩だった、と。




 後に、"僕"はこう謳うだろう。

 これは"召喚"と言う名の契約だった、と。






 そして後に、"誰か"が笑うのだろう。

 これは"滅び"への"幕開け"だった、と─────。






 To be continued....






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