BL小説
蛍籠 ♯8-終-
その日は和也と手をつないで帰った。
途中で照れ臭くなって、家に着くころには指が当たっているだけになっていたが、それでも嬉しかった。
でも自分が幸せなだけじゃいけない。
どんなに憎んでいた相手でも。
利香。
「た…ただいま」
恐る恐る居間の扉を開けると、そこには予想していなかった利香の姿があった。
「利津おっかえり〜」
ソファーにあぐらをかいてお菓子を差し出してきた。
場しのぎに箱の中から一つ手に取り利香を見る。
「あ、そうそう公園で和也くんに会ったの」
和也、という言葉に一瞬ギクリとした。
「告白してみたんだけど、フラれちゃった〜」
「え!?」
あははとのんきに笑う利香にあっけにとられて言葉が出ない。
手に持ったお菓子のチョコが溶けてきた。
「そんな驚かないでよ、私も前から気になってたんだけどね、見事バッサリ!」
「な、何で、和也…」
「好きな人がいるから、私じゃ駄目なんだってさ」
好きな、人。
普通ならのろけで顔がほころんでしまいそうだが、現実感の無い今、第三者から和也の気持ちを聞いて泣きそうになった。
本当に、本当なんだ。
和也。
「なに下向いてんのよ!私が失恋したのそんなに笑える?!」
「あ、違っ、違います!」
慌てて顔を上げると利香がもう、と怒ってみせた。
でも失恋したにしてはそれほど落ち込んでいるようには見えない。
デリカシーが無いとぼやかれるかもしれないが、他人事じゃない気がして、聞かずにはいられなかった。
「落ち込んでない?」
「…珍しいわね利津が私のことで何か聞いてくるの」
「そうかな」
「うん」
利香はフフと笑いソファーの隣を空けてくれる。
そこに腰をかけるとふっきれたかのように利香は話しだした。
「甘えてたの、気付いちゃって」
「甘え…?」
「利津と和也くんに」
「そんなことは…」
ない。とは言い難いが、利香はそれが普通だと思っていた。少し面食らう。
「ダメね、自立しなきゃ!和也くんに気付かされちゃった」
「…」
「利津」
「…うん?」
「ありがとう」
髪をぐしゃぐしゃかき回される。
可愛らしく微笑んだ自分の姉は、なんだか頼もしく見えた。
次の日、朝和也が迎えに来ると言っていたのに恥ずかしくて先に登校してしまった。
どうせ教室で会うのに、逃げたのと同じだ。
机に突っ伏しているとポケットの携帯が震える。
見ると利香からメールが来ていた。
『和也くん迎えに来る約束したって言うのに、何で先に出たの?!学校で会ったら謝りなさいよ』
ああやっぱり和也来たのか…。
何も連絡しないで逃げてしまった。和也怒ってるだろうな。
最悪嫌われたかもしれない。
「あー!馬鹿!」
「誰が?」
「うわっ!?」
自分以外誰もいなかったはずの教室で突然背後から声がして、まぬけな声が出た。
「おはよう利津」
「か、和也…」
どうしよう、怒っているはずだ。
背の高い和也を見上げたまま固まって何も喋れなくなった。
「今朝約束破ったな〜このやろっ!」
「ご、ごめんなさい!!」
「ははは、嘘だよ、なんとなく利津は待ってなさそうだと思ってたから」
和也はひとしきり笑うと顔を近付けてきた。
何か言われるかされる、そう思った時他の生徒が教室に入ってくる。
「…和也?」
「ちょっと来てくれるか、ここじゃちょっと」
わけの分からないまま和也に手をひかれてやってきたのは屋上だった。
朝の屋上は誰もいなくて、朝日が眩しく斜めから射している。
「和也?」
「あ、あのさ」
和也は背を向けたまま。
こちらを向かない。
「昨日はなんか流れで言っちゃったからさ、ちゃんと言いたくて…」
「何を?」
少しためらう素振りを見せた後、和也はこちらに顔を向けた。
真っ赤になって、まっすぐ俺を見ている。
「利津が、好きだ」
「…うん」
「今までありがとう、これからも、ヨロシク…」
おねがいします、と消え入りそうな声で聞こえた。
嬉しくなって自然に笑みがこぼれた。
今日も二人であの公園に行くことになりそうで、安心した。
こんなどうしようもなく愛しい彼に、今から顔を近付けて、キスする前に言ってやろう。
「好きだよ、和也」
おわり
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