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BL小説
0になるまで E
左腕が重くて、だるい。

あ、そうか。

点滴してるからだ。


「恵司」


この声、秀文?


「恵司、大丈夫?」


泣きそうな声で俺を呼ぶ。


「恵司…」




そんな心配そうに呼ばないでくれ。


俺は

大丈夫だから。









ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ



さっきまで点滴していた左腕を目覚まし時計まで伸ばす。
感覚で何度か時計を叩くと、耳障りな電子音は止まった。その時になってやっと気付く。

夢だったんだ。
左腕の点滴も、泣いている秀文も。



「ゴホッ」

胸を圧迫されているような感覚に思わず咳き込む。
なんて事はない、慌てることもなく薬を手に取った。

カシュッ

俺は、この病と一生付き合っていく決心をしたんだ。
病に縛られ生きる。

秀文と同じように。







教室に入ると、やはり秀文は窓際のその席に座っていた。
一昨日と違うのは、レポートを書いているのではなく黙って本を読んでいるということ。

音を立てずにいたのに、秀文はすぐ俺に気付いた。

「恵司」
「…おはよう」
「おはよう」

朝の日射しに照らされた秀文は優しく微笑む。
胸に何か詰まる思いがして、俺はすぐに目をそらした。

「あのさ、もう体育の先生来てるかな」
「何か用事?」
「病気のこと…言いに行かなきゃだから」
「ああ」

秀文は少し俯いて本を閉じると、しばらくしてからまた顔を上げた。

「部活の監督してる先生だから、多分来てるはずだけど、体育館の横の部屋って分かる?」
「体育館は分かるんだけど…うーん」
「俺もついていくよ、その方がいいだろ」
「いいのか?助かるよ」

これくらい何でもない、そう言って秀文は立ち上がり教室の扉を開けた。
慌てて追いかける俺を少し立ち止まって待ってから、また早いスピードで歩きだす。
足が絡まるような気がして、俺は泣きそうになった。
歩いても歩いても、秀文の横に並ぶことができない。
待ってくれよ秀文、置いていかないで。
こんな風に、あと5〜6年なんてあっという間に過ぎて、秀文は、

俺を



置いて。



「恵司、先に階段降り…」

秀文の声が止まった。
俺の息が止まりそうになった。

「…恵司?」
「……だ」

泣いてばかりだ、俺。
朝の誰もいない廊下に、自分の啜り泣く声が響く。

「好きだ」

置いていかないで、
俺を置いていかないで。
お願いだから。

お前の横に、傍に、
いさせて。

「残りの、6年を…俺にくれないか…」

こんなカッコ悪い台詞を泣きながらなんて、女の子にも言ったことなんてない。

でも、今言わなければ、
秀文が離れて行くような気がして。



沈黙が続いた。


怖くて顔が上げられない。
秀文の顔が見えない。


「いいよ」


驚いて顔を上げる。
いつもの笑顔の秀文だ。

「俺の残りの時間、全部恵司にあげる」
「…秀文」
「最期死ぬときまで一緒にいてくれるんだろ?」
「絶対…傍にいる…っ」

5年ぶりに約束を交わした。でもその約束は、昔の無邪気なものとは違って。

ただ、泣くしかなかった。

「恵司泣かないでよ、また喘息出たら大変だよ」
「…うっ、あ、あ…ああ」
「恵司」
「だ、って…秀…文」
「嬉しかった、好きって言ってもらえて」

置いて行くなよ。
俺も一緒に、行くから。

お前だけ、行かせないから。






帰り道俺はギクシャクしていた。友達っていうと大丈夫なのに、付き合っていると思うと変な気分がする。
秀文は変わりなく楽しそうに話しているが、ろくな返事を返していない。せっかく一緒にいるのに、これじゃ意味が無い。

「恵司、どうしたの」
「え、何?」
「さっきから上の空って言うか…楽しくない?」

意味が無いどころか不安にさせてしまっていた。これじゃ駄目だ、自分に言い聞かせる。

「ごめん、なんか緊張しちゃって」
「緊張?」
「だって…その、つ、付き合っ」
「付き合ってるから?」
「は!…ハイ」

心臓がばくばく鳴っている。自分から告白したっていうのに、これじゃ本当に意味が無い。

「恵司」
「ひ」

ひでふみ、と言う前に口を塞がれた。

本当に心臓が止まるかと思った、というか止まったかもしれない。


そのうち自分の心臓がまだ動いていることに気付く。


というか、長い…気がする。

次に、自分が息をしていなかったことに気付く。


人間、意識したら余計気になるもので、更に息苦しくなってくる。

いつの間にか秀文の腰に回していた手に、少し力を入れた。

「ごめん、急に」
「…っは、いや…息の仕方分からなくなって…」
「あはは、ごめんね」

申し訳なさそうに笑う秀文の顔すら、まともに見れなかった。
顔が熱い。多分耳まで真っ赤だ、きっと。
恥ずかしくてうつむきながら笑ったフリをしていると、秀文が呟くように言った。

「恵司」
「何?」
「好きだ」
「…うん」
「昔からずっと」
「うん」

秀文を抱きしめてやった。
抱きしめたら、制服の上からでは分からない秀文の細さが直に伝わってきて、秀文は本当に病気が治ってないんだと分かって、胸がしめつけられる思いがした。
悲しくて秀文を抱きしめる。更にキツく。そうしたら秀文の腕が折れてしまいそうで、また胸がしめつけられる感覚に陥った。

気付いたら夕日は沈んでいた。






帰ると母が夕飯を作って待っていた。祖父は庭の手入れをしながらおかえりと言った。


普通の日常が、当たり前だと思っていた。



食べて。
遊んで。
喋って。
学校に行って。
寝る。


そんな普通が、6年後の秀文には無い。


今の秀文の時間を奪って、俺は馬鹿な奴だ。

最低だ。



秀文と一緒にいるために、並ぶために、秀文の時間を奪った。


馬鹿なんだ俺は。




秀文と一緒に死ぬなんて。




馬鹿なんだ。
俺は。


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あきゅろす。
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