[携帯モード] [URL送信]

BL小説
0になるまで A

先田秀文。

ひでふみ、なんて見るからに頭の良さそうな名前だ。
奴は本当にそうだった。

入院していた頃、秀文は俺の中で大きな存在だった。
同級生が他にいなかったから気兼ね無く遊べるのは秀文くらいで、一緒に食事をして、一緒に勉強して。お互いの病気のことを忘れられるのは、秀文と一緒にいる時だけだった。



「約束、本当になったな」

秀文が紙に名前を書いているとき、思いきって切り出してみた。
秀文は覚えているだろうか。少し不安だった。

「病院の外で必ず、ってやつ?」
「うん」
「俺はずっと信じてたから、当然って感じだ」

笑って言ってみせた秀文につられて笑みがこぼれる。
信じる、なんて臭い台詞、似合うのは秀文だからなんだろう。

「恵司はいつになって退院したの?」
「えー…お前が出て1年くらいだから、中学からは学校通ったんだ」
「そうなんだ、退院してすぐって戸惑わなかった?」
「あーそうそう!もう病院と全然違うしさ、慣れるまで大変だった」
「分かる分かる」
「ははは、そういやお前もう病気の方は…」
「見学者ー!整列だ!早く並びなさい」

先生がグラウンドの端から大声で俺達を呼ぶのが聞こえた。

「行かないと」
「あ、ああ…」

せっかく話が弾んできて楽しかった所を邪魔が入ったと言う歯痒さもあったが、何か違和感があったように思えた。
病気の話を切り出した時の秀文の様子。

病気のことは思い出したくなかったのだろうか。




その日はずっと秀文と過ごした。
昼食の後、学校の中を案内してもらった時に、保健室をまず案内してくれたのが秀文らしくて優しいと思った。他の人間なら気がまわらない場所だが、やはり持病がある者としては知っておきたかったのでありがたい。
礼を言うと秀文は照れたように頷いた。




「今日俺の家来る?」

帰りのホームルームが終わり荷物を整理していると秀文が話しかけてきた。

「え、でも行ったら迷惑にならないか?」
「ならないよ、それにおふくろが会いたいだろうし」
「ああおばさんには入院中お世話になったからな、元気にしてる?」
「うん元気元気、だからおいでよ」

嬉しそうに俺の腕を引っ張る秀文を見て昔のことが思い出される。
病院では毎日こうやって二人で過ごしていたんだ。
そう考えると今が少し寂しく感じられた。


秀文の家は俺の家から一駅分程しか離れていないようで、家から歩いて10分もあれば着く場所だった。

「すごい驚いた、家も近所なんだ」
「そうみたいだな」
「ちょくちょく遊びに行けるね」
「ああ、また挨拶にも来るよ」

そんな会話をしながら玄関の奥へ入る。
秀文がおばさんを呼ぶと、奥から返事をしながら出てきた。

「いらっしゃい、みかけないけどお友達?」
「おふくろ聞いて驚くなよ、入院中仲良かった恵司だ!越してきたんだって」
「お久しぶりで…」
「えー!?あの恵司くん!?やだ大きくなって〜!いつ退院したの?お父さんとお母さん元気?どうしてこっちへ?」

おばさんは質問はしてくるもののなかなか話すのをやめない。
それでも病気が良くなったと伝えると、自分のことのように喜んでくれた。

「そう!よかったわね…、本当によかった」

喜んでくれているのだが、おばさんの表情が心なしか曇って見え、思わず声をかけた。

「おばさん?気分悪いなら無理しないで下さいね」
「え、ええ…大丈夫よ!ありがとうね、今日夕飯食べていく?」
「あ、今日は家で母が待っていますので夕方のうちには帰ります」
「そう、後で部屋にお菓子持って行くわね」

おばさんとの話が途切れると秀文は部屋へ案内してくれた。
部屋には世界地図や飛行機のプラモデルが天井から吊り下げられている。
そういえば秀文は病院の中でもよく飛行機のプラモデルを作って飾ったりしていた。その時作るのを手伝った小さな飛行機を貰ったことも覚えている。確かアメリカの戦闘機だった。

「昔くれたプラモ、今も俺の部屋に飾ってるよ」
「本当に?二人でよく作ったよね」
「今は何か作ってんの?」
「デカいの作りかけて挫折してから作ってないなあ」
「ははは、そうなのか」

秀文は何でもよく知っていて、飛行機を作っては世界地図を指して「この国が何年に使った」だの「〇〇戦争の時に活躍した」だの色々教えてくれた。
正しくは覚えられなかったが、中学で歴史を習ったときはずいぶんこの記憶が生かされた事は言うまでもない。

「何か部活とかはした?」
「さすがに運動部は入れなかったから、でも文化部もこれといって入りたいの無くて…」
「俺も運動部は医者に止められたよ、体育もマラソンとか出来ないし…そうか、秀文は囲碁とかやってるんだと勝手に思ってたよ」
「何で囲碁なんだよ」

秀文が笑いを堪えて肩を震わせていた。
そうだった、たしか俺より重い病気だった秀文が運動部なんて、例え病気が治ったとしてももう望めないことだった。
そうだ、だから、他の病気の友達がスポーツ番組を見ていても俺達は見に行かないでいたんだ。
体育のときは考えていなかったが、もしかしたら秀文は今日だけでなくてずっと見学なのかもしれない。いや、きっとそうだろう。

おばさんがお菓子を持って来たのをきっかけに、床にあぐらをかいて昔話に花を咲かせた。

「恵司今も通院してる?」
「してるよ、月イチくらいで薬貰いに」
「やっぱりなかなか切れないね、病気との縁って」


まただ。

秀文が寂しそうな表情をした。
違和感が襲う。


「秀文も、まだ通院してるのか」

聞いちゃいけない気がしたけれど、気付いたときには口から出ていた。

「…俺は、多分一生だ」

肺が締め付けられるように息をした。




帰って母に秀文と会ったことを知らせると案外驚いた顔は見せなかった。

「先田さんに以前少し聞いていたのよ、田舎がこの辺だってね、でもそう同じクラスだったの」
「うん、元気そうだった」
「…そう、明日にでも引っ越しの挨拶行こうかしらね、秀文くんまた連れていらっしゃい」
「そのつもり!」

母の浮かない表情が気になったが、明日また秀文と話せるんだと思うとワクワクして、そのまま自分の部屋へ駆けて行った。

部屋に入って、机についている棚の上の飛行機を持ち上げる。
片手で持って、頭の上を飛んでいるかのように空を切らせた。

病院の思い出は良いものばかりではない。
当たり前だが辛いことは沢山あったし、苦しい経験もした。だが、それでも楽しかったことを思い出せるのは秀文がいてくれたからなんだ。

昔みたいに、また毎日会えるんだ。

嬉しくて早く明日になれと念じて、秀文は今ごろどう思っているのだろうと考えていた。


--

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!