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小説
y第5話
泣いてはいない。
叫んでもいない。

なのに

どうしてこんなに、辛い気持ちが伝わってくるのか。

泣くのをこらえているだけかもしれない。
本当は今にも叫びたいのかもしれない。

でも
それが分からない今でも
もし分かったとしても

俺には何も出来ない。






「…浩仁」
「……ごめん」

浩仁はそう言って俺の肩から離れようとした。

「大丈夫か?」
「うん、もう…」

気分の悪そうな顔をして、よくそんなことを言う。
…いや、もしかしたら俺に心配かけまいとしてのことかもしれない。

ずっと睨んで黙っていると
先に浩仁が折れた。

「…ごめん、本当はちょっと…しんどいかも」
「じゃあ次からはちゃんとそう言え、お袋達に話してくる」
「え?何を?」
「今日は帰ろう」

最初驚いたようだったが、
浩仁は浅くうなずいた。


ソファーを離れ会場の扉へと足を運ぶ。
数歩進んだ頃だろうか、後ろから浩仁の声がした。

「ありがとう」

小さいけどハッキリと、そう聞こえた。




扉を開け中に入る。
ちょうど休憩のようだったので迷わず両親の席へと近づいた。



「おふくろ…」

あと数メートル。声をかけようとした時、浩仁の父が明るい弾むような声で言った。

「早河さん!!」

友人だろうか、でも帰ることはどちらか一方に言ったら良い。そのまま母に声をかけようと思った、が、その考えはすぐに打ち消された。

「横塚さん、おめでとうございます」
「いやぁ〜、来てくれるとは、久しぶりですねぇ」
「本当に、いつ以来でしょうか」

浩仁の父に親しく近づくその男を見て、目を疑った。


さっきの男− 久保だ


しかし浩仁の父は奴を早河さんと呼んでいる。
さっきは久保と名乗っていたのに、今二人の間では早河で通っているようだ。
それに、浩仁の母親の友人じゃなかったのか?

分からない。分からないことばかりが増えてくる。
息をのんで見ているうちに、話が一段落ついたようだった。

「じゃあ、そろそろ休憩も終わるんで」
「まだいてくれるだろう?」
「もちろんですよ、大事な友人のパーティーなんですから」
「それじゃあまた」
「はい」

久保はそう言うと両親の席から離れていった。
出口に向かわないか心配だった。ロビーに出られたら浩仁にまた何をするか分からない。
しかし、久保は自分のテーブルにつき隣の人達と話しはじめた。


ホッと一息つき、両親の元へと向かう。



「おふくろ」
「あら竜也、どうしたの」
「…浩仁が気分悪いって言うから、俺ら先に帰るわ」
「ええ!?浩ちゃんどうかしたの?」
「何でもない、ただ気分悪いんだって」
「そう…気を付けてね」
「うん、あ、さっきの人…」
「ん?早河さん?お父さんの友達ですって」













「竜也本当にごめん…」
「いいから、楽にしてろ」

両親が呼んでくれたタクシーに乗り、家路を急ぐ。
久保?早河?今はどうでもいい。ただ、早く浩仁をあの場所から遠ざけてやりたかった。

お父さんの友達 それだけなはずはない。
きっと何かある、確信を持っていた。

「お客さ〜ん、ここでいいかな?」

いつのまにか自分の家の前に着いていた。
まだ考えもまとまらないまま、タクシーのおじさんにお礼を言い代金を渡す。

「浩仁」
「…」
「あーあー寝ちゃってるねぇ、お兄さん達友達?」
「…いえ兄弟です」
「へぇ、仲が良くていいねぇ。大事にしなきゃだめだよ、家族は」









すぐに返事出来なかった。
本当に俺達は兄弟なんだろうか。
家族なんだろうか。

ただ一緒に住んでいるだけなのではないか。








余計なことを考えた、と思った。下らない。考えるだけ無駄なことなのだ。

しかし、そう思うと余計、胸がキリキリと痛む。


「風邪ひかないようにしてやるんだよ」

浩仁を背負った俺の背中に、後ろからタクシーのおじさんの声がぶつかった。





自分の部屋に寝かせてもいいかな、と思ったが、やはり浩仁が落ち着けるのは浩仁の部屋だろうと思い
心の中で「勝手に入ってゴメン」と謝りつつ部屋へ入った。

ベッドに上着とネクタイだけ外して寝かせて、布団をかける。


兄弟というよりは、お母さんみたいだな と思いつつ
浩仁の寝る部屋を後にした。


記憶に残ったあの男の
気味悪い笑みが見えた気がした。

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あきゅろす。
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