小説
y第3話
ガタガタとバス特有の揺れが、良い様に眠気を引き出す。
5月の暖かい陽気、バス内の微妙な空調。
眠ってしまいそうだ。
<まもなく−>
次の停車駅のアナウンスが入る。
「うぉっ、やべぇ」
今までは聞き流していたバス停の名前だが、ついこの間からここで降りるようになった。
窓の横に付いている下車ボタンを押す。
ビーッと耳障りな音がして、薄汚れたボタンのランプが赤く灯った。
「ふぅ」
帰りのバスから降りると、今日も終わったなぁ、と思う。
さて歩こうかな。と、ぼーっとしていると、前方のコンビニ前を見知った顔が通り過ぎていくのが見えた。
「おーい!竜也くん」
声に気付いたのか、そいつは黒い髪をなびかせてこちらを振り向き
「おぉ、お帰り」
照れもせずそうに言った。
バス停から新しい家まで、歩いて5分。走ったら3分もかからない。
どちらの家に住むか話し合ったとき、こっちに住みたいと言ってよかった。
前の家はバス停まで自転車で10分もかかったのだ。
「今日、親二人とも夜まで仕事だっけ?」
「そう、晩飯どーする?作る?出前でもとる?」
「んー、どーしよっかー」
「面倒くさいし出前でもとる?」
「じゃ、俺ラーメンで」
本当に最近、我らが両親の横暴さは目に余る。
今回は仕事らしいが、この前なんか二人で高いレストランに行ってきて、その後飲みに行って帰ってきたのが夜中の2時。
親父がべろんべろんになっていて大変だった。
「でも…ピザとか食べたくない?」
「じゃあラーメンとピザ頼んだらいーじゃん」
ははは、そーだな と二人で笑って立ち止まる。
そんなこんなしてる内に家についていた。
竜也は鍵を開け、俺に玄関に入るよう促す。
「ありがとー」と言いながら段差をまたごうとした。
「危ねっ」
ぼーっとしていたからか、それとも足がもつれたのか、コケて体制が崩れかけたのを間一髪、竜也に手を掴まれて床との顔面衝突をまぬがれた。
「ぉわー、ごっめーん」
「……」
「ありがとう、もう手ェいいよ」
「…あのさ」
「ん?」
「…いや、何でも」
手を放された後もう一度お礼を言い、階段を上り始める。
やばいなぁ、格好悪いところ見られちゃったなぁ。最近気抜きすぎかな…。
それに、引っ越しの疲れ残ってんのかな、なんかダルいしどうしよう…。
「おい!」
「へ?」
「どうしたドアの前につっ立って」
「あ、ごめんごめん」
「着替えたら何頼むか決めよう、外出てきて」
「あ、うん分かった」
部屋に入りほっと一息ついた。
ダメだダメだ、もっとしっかりしないと。
とりあえず着替えよう、
そう思い制服の上着を脱いで、ハンガーに手を伸ばした。
その瞬間、目の前がグラついた。
頭痛で足元の感覚がなくなり、しゃがみこみながらベッドにしがみつく。
朦朧とした意識の中、寒気と恐怖でいっぱいだった。
やだな、これ死んじゃうかなぁ…。今日親父遅いんだよな……、見つからなかったら俺どうなるんだろう。
どうしよう、どうしよう。
誰でも良いから助けて、
「おーい、まだ着替えかかるのかー?」
竜也の声。
「返事くらいしろよー」
ごめん出来ないんだって。
「なぁ」
気付いてくれ…。
「おい、本当どうした?」
お願いだから。
「おい!返事しろ!」
ノックの音が荒くなる。
竜也がずっと何か叫んでいるのが聞こえる。
「…浩仁!!」
視界が暗くなってきた。
「ーっ、入るぞ!!?」
初めて名前を呼ばれたと気付いたのは、もっと後のことだった。
目を開けるとカーテンが閉まっていて蛍光灯のまぶしすぎる明かりが見えた。
「………竜…也?」
「あ…っ、気付いた…」
「あの…俺…」
「よかった〜…」
竜也はそう言うと床に座り込んだ。
「やめろよなぁー、死んじゃうのかと思ったんだぞー、汗すごいし熱も高いし」
「え……俺カゼ?」
「そーだよ!多分」
「まじかよー、気付いてなかった…」
「ええ?でも玄関でお前の手掴んだとき、ものすごい熱くてどうしたのかと思ったぞ?」
「うわぁ…スイマセン。」
「いいよいいよ、そんな」
竜也はひょいと立ち上がりドアへと向かう。
ベッドの脇に、水の入った洗面器やらタオルが置かれている。時計を見るともう夜の9時だった。
夕方からずっと看ててくれたのか…。
「なんか作ってくる」
そう言うと竜也は部屋から出て行ってしまった。
料理はめんどくさいとか言ってたくせに。
閉まったドアに小さくお礼を言った。
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