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小説
y第1話
明日、あいつがウチにやってくる。




「どーしたんだよ竜也ぁ」
「浮かない顔して」

夕方のオレンジ色に染まった教室の中、横にいる友達のアツシとケイが話しかけてくる。

「何でもないよ」
「何でもないとはなんだ!せっかく心配してんのに」

髪を金髪に染めたアツシがわめく。
見た目は取っ付きにくそうだが、中身はバカだ。

「そうだよ竜也、原因はアレか?再婚の話だろ?」

茶髪の方、ケイが鋭いところを突いてくる。
こいつは見かけはいい人そうだが、中はどす黒い。しかも勘がいいので何かと弱味を握られている。

「……知ってんじゃん」

俺はため息をつきながら返事をした。多分地雷を踏んだ。

「あの同い年の義兄弟だろ!?今日家に来んの!?」
「明日。今日引っ越す時間なんて無いだろ?」
「ねぇ、どんな奴!?」
「どんなって…普通だよ」

何故だろう。今初めて彼女が出来て友達に質問攻めされている人の気持ちが分かる。
彼女なんて出来たことないけど。


「今度連れてこいよ!」
「どこの高校?」
「…青葉学院」

青葉か〜、そういって質問が一通りすんだのかアツシが静かになった。


明日か。そうため息をついてポツリと呟いてみる。

死んだ父親が残した家、そこを離れずに済んで正直ホッとしている。


本当言うとあまり父親の記憶は無い。
あるのは公園でキャッチボールをしてもらったり、自転車の練習に付き合ってくれた事、
具合を悪そうにしていた背中、
病院のベッドの上から話しかけてくれた笑顔、
最後に握った細く冷たい手の事だけだった。


だからあまりあの家に思い出という思い出は無い。
でも、あそこに居れば他にも思い出す気がして、なんとなくだけど、離れたくなかった。

「さてと、帰るかな」
「えーっ、もう帰んのかよ竜也あ!」
「別に用もなくただ喋ってただけだし、それに、もー5時じゃん、今日は明日の準備とかあるから」

アツシは文句を言いわめいていたが、ケイがこちらを察してアツシを押さえつけて 早く行け と言ってくれた。
ケイに軽く礼を言い学校を後にする。


グラウンドに立って空を見上げる。東の空はもう暗くなっている。

急いで帰らないと そう足をバス停へと急がせる。

そういえば、あいつもバス通学とか言ってたな。
もし会ったら何て声をかければ良いんだろうか。

「久しぶり」とか?
「どーも」でいいか…。

そんなことを考えているとバスがやってきた。バスに乗って降りるまで、奴の姿を見ることは無かった。




ああ、自分が馬鹿らしい。
どうでも良いことでいろいろ考えちゃって、そんなに緊張しているのだろうか。

家に帰ると母の姿が見当たらない。
今日は早めに帰って明日の用意をすると言っていたのに、まだ仕事が残っているのだろうか。


先に始めようか、と思った瞬間、電話が鳴った。

突然の音に多少ビビりながらも、部屋に鳴り響く音を止めようと受話器をとる。
この時俺は、電話の液晶画面を見るのを忘れていた。

見ていれば心積もりも出来たのかもしれない。だが、俺にとっては突然の出来事だった。


「はい」
−あ、もしもし、横塚ですけど


空気が凍ったかと思った。

「え、あ、はい…」
−あー、どうも、久しぶり
「お、おぉ、久しぶり」
−えっと、おばさんいる?
「いや、まだ帰ってない」
−じゃあ伝えといてくれる?明日朝の9時ごろ引っ越しセンター来るからって
「うん、分かった」
−それじゃヨロシク
「んー」


ブツンと音がして電話は切れた。
しばらく受話器を置くことを忘れて、ただぼーっと部屋の壁を見ていた。

何ともない会話だった。
なのに、何でこんなにぎこちなさを感じるんだ?



しかも俺だけ。


「こんな人見知りだったのか俺…」

受話器をスタンドに置いて、このよく分からないもどかしさの原因を考えていると

「竜也ただいまぁ〜!遅くなっちゃってゴメンねー」

母が息をきらしながら帰ってきた。
いいよ別に、
そう言って自分の部屋へ着替えに向かう。


明日からあいつと暮らすことになるこの家を、まずは掃除しなくちゃならない。

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あきゅろす。
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