[携帯モード] [URL送信]

小説
y第21話

「ごめんな竜也
     大好きだよ」






「竜也ぁ〜起きろよ〜」

目のまわりが腫れている気がする。
まぶたがいつもより重く感じられた。

「……浩仁、ひとの部屋に入るときはノックしろよ」
「ひとのベッドで寝ててよくそんな事言えるねー、早く着替えなよ、お墓参り置いてくぞ」


体を起こして部屋を見渡す。
浩仁の部屋だ。昨日一緒に映画を見たまま眠ってしまったのを思い出した。

「あちゃー…すごい迷惑かけてる」

しまったと頭を押さえてベッドから起き上がる。
やっぱりまぶたに違和感があり、目をこすった。

お父さん、
何で、あるのは温かい思い出ばかりなのに、あんなに悲しくなるのだろう。






雲が出てきた。
寝起きすぐに出てきたからテレビの天気予報を見ていない。
雨は降るだろうか。

父の墓に花が供えられた。黄色が墓石の暗い色に映えて、綺麗だった。
母は、泣くことは無いが、今は父さんの方を向くことは無い。
家族なのか、他人なのか分からないこの沈黙が、恐ろしくてしょうがなかった。

「お父さん久しぶり」

母が微笑んだ。
父さんは黙って手を合わせた。
浩仁は墓石に水をかけると、一言

「はじめまして」

と呟いた。



夏特有の湿気と、生暖かい風が肌を湿らせる。
ポツ
と、空から水滴が落ちてきた。

「戻ろう」

父さんがそう言うと、母は笑って父さんの顔を見た。

「ええ」

またくるからね、そう言って、今は亡き夫に背を向けて歩きだした。

車に入るなり、雨は静かに降り出した。

「細かく降る雨をね、小糠雨、と言うんだそうだ」

父さんは独り言のようにそう口にすると、黙ってアクセルを踏んだ。




帰るなり雨は止んで、またカラッと晴れた空が広がった。
それでもまだ蒸し暑さは残っていて、アスファルトの水溜まりは水蒸気となって足元から攻撃してくる。

そうか、夏なのか。

家に入ってクーラーのついた部屋で涼んでいると、母に注意された。
ずっとクーラーのついた部屋にいると体調を崩すわよ、仏間なら畳で涼しいからあっちへ行きなさい、それから竜也宿題したの?まだまだ日にちがあると思っていたら、夏休みなんてすぐに終わってるのよ。
クーラーは惜しかったが、この際仕方ない。この小言を聞かないで済むなら断然仏間を選ぶ。

畳の上で寝転がっていると、浩仁が顔を覗かせた。

「ゲーム誘おうと思ったらこんな所で寝てたのか」
「なかなか涼しいぞ、浩仁もどうだ?」
「俺はいいよ、それより竜也、直接寝転ぶと、腕とかほっぺに畳の跡つくよ」

せめて頭のとこだけでも座布団敷けば?と、浩仁は仏壇の隣の押し入れを開けた。
おー、ありがとよー
と言ったはいいが、なかなか浩仁が座布団を持ってくる気配がない。
それどころか、押し入れの閉まる音さえもしなかった。
怪しくなって目を開きそちらを見ると、浩仁は押し入れの前でつっ立って、暗い奥の方を見つめている。

「…どうした?」

立ち上がると、浩仁は奥の方に手を伸ばして、何かを引っ張りだした。

「昔野球とかやってたんだ?」

浩仁の手には2つのグローブと、軟球が一つあった。

「ああ、小学生の頃近所の小さいリトルリーグに入ってたんだ」
「へぇ」
「父親とキャッチボールしたり…まあたまにだけどな、下手くそなオヤジでさぁ、それも小2でやめざるを得なかったから、俺も下手くそなんだけどさ」

そう。父が亡くなって、キャッチボールをする相手がいなくなって、母の迷惑になりたくなくて。

「今から河原にでも行こうか!」
「…へ?」
「俺も久しぶりにキャッチボールしたくなった、やろうよ竜也!」

そう言うと浩仁は昔俺の使っていたグローブを押し付けて走りだした。

「母さん、竜也と出かけてくるよ!夕方には帰る」




1年も使われていないそのグローブに、大きくなったはずの俺の手はすんなり入った。
ずっと使えるように、大きいのを買ってくれたんだな、そう思ったら、父が亡くなっても野球を続けるべきだったのかもしれない、と少し悔やまれた。

「竜也ー、いくぞー!」

浩仁がこちらに手を振る。浩仁はしばらくグローブを見ていたが、すぐにボールを山なりに投げてきた。
懐かしいボールを受ける感覚に身を震わせてから、またボールを投げ返す。

浩仁はボールを受けた後、しばらく下を向いていた。
何かあったのかな、と思っていると、浩仁はそのままこちらへ走ってきて、言った。

「…グローブ、交換して」

震える声でそう言うと、昔父が使っていたそのグローブを渡された。
そして、なぜそれを渡されたか、分かった。

自分のものと一緒に買っていた父のグローブが、何年も使い古されたかのように、擦り切れて汚れていた。

練習していたのだ。
自分が見ていない所で。

色も落ちて、汚くて。


歯を食い縛って、泣くしかなかった。

[前へ*][#次へ]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!