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小説
y第19話
エアコンのタイマーが入った音で目が覚めた。
夏は朝7時にはもう汗をかくほど暑くなるから嫌いだ。理由はそれだけじゃないけれど。
夏休みが始まってまだ数日、今日も宿題の片付けに追われる1日が始まる。

着替えといってもTシャツとジャージに着替えるだけの作業をし、カーテンを開けて部屋を出た。

「竜也おはよう」
「あ、おはよう」

まず階段で会ったのは父さんだった。
朝食を済ませた所だろう、いつも新聞を読みながらコーヒーを飲む父さんは、なかなか新聞を手放さない癖がある。
今も左手には新聞が握られていた。

「ああ、読むかい?」
「でもまだ読むでしょ?」
「いや、さっきこれを買ってきた」

そう言って朝刊の内側からスポーツ新聞を取り出す。他にも読むものがあるよ、という意味だと察す。

「じゃあ貰っとく」
「はい」

朝刊を受け取りながら階段の端に身を寄せた。
本当はスポーツ新聞の方が読みたかったが、また後で借りることにしよう。
父さんがすれ違い階段を登りきった所で大きな声で叫んだ。

「浩仁!いつまで寝てるんだ!起きなさい」

そうか、浩仁はまだ寝ているのか、フッと自然に出た笑みを父さんに見つからないように、早足で階段を下りた。



やっと、普通の日常が戻った。こんなに和やかなのが逆に嘘みたいだ。


早川のことはもう両親に任せている。子供が決められるような問題じゃないし、第一関わりたくなかった。
しばらくは週刊誌の記者から逃げる日々だったが、それもすぐに終わった。


「あらおはよう、竜也…だけ?」
「浩仁まだ寝てるみたいだけど」
「そう、朝ごはんテーブルの上だから」

母は相変わらずの笑顔でエプロンを外すとそのまま部屋を出ていった。

朝飯どうするかなぁ…まだ食べる気にならないな、そんなことを考えていると、階段を気だるく下りてくる音がした。

「おはよ〜…あ、竜也だ」
「おはよ、昨日も映画のDVD見てただろ」

眠そうに目をこすりながらバレたか、とはにかんでみせるそいつは、俺の隣のイスを引いてそこに腰掛けた。
テーブルを囲むイスが4つ、家族で食事をするときには親子向かい合って座る席順が定位置だ。
親のラブラブしながらの食事風景を目の前にして食べるいい加減うんざりしている子供の事も少しは考えてほしい。


「昨日は何見てたんだよ、俺も誘ってくれたらよかったのに」
「えー、だって…ホラーだったし…誘ったら見た?」
「見ない」

声を殺してお腹を抱えて笑う浩仁の頭を軽く2発殴った。
浩仁も起きたことで、一緒に食事を済ませていると母がリビングを覗き込んでいた。

「浩ちゃん起きたのね、おはよう」
「あ、おはよう母さん」

再婚後すぐに打ち解けた二人の会話を聞くのもすでに飽きてきているくらいだ。
ドラマや映画の話で気が合ったらしい。
いつの間にかメアドは交換してるわ、楽しそうに毎週連続ドラマを見ては話している。

「ねえ二人共、もし暇だったらご飯食べた後でお買い物行ってきてくれない?」
「いいよ」

俺が答える前に浩仁が答える。
行くのはいいんだけど…せめて俺に聞いてから答えないか?浩仁…。

「竜也暇だよね?」
「暇だけど…決め付けるなよ…」
「決め付けてないよ、知ってたから答えたまでさ」
「ふふ、じゃあお願いするわね、買うものは冷蔵庫の扉にメモ貼ってるから、お金は棚の上ね」

楽しそうに笑うと母はまた廊下へと歩いて行った。

「ごちそうさまぁ」
「あ、食器は自分で洗ってね」
「…はーい」

洗面所の方からの声にやれやれと返事をしながら立ち上がり皿を重ねる。

「洗っとくから着替えてきなよ、お前まだスウェットのままじゃん」
「恩に着る竜也!」

ニッと目を細めてみせた後、浩仁はイスから立ち上がり自分の部屋へ階段を駆け上がって行った。
階段の途中でつまづく音がして心配になったが父さんの部屋のドアが開く音がしたので、そのまま流し台へ向かった。

「メモ…あぁコレか」

冷蔵庫にマグネットで止めてあったメモを一枚ポケットに押し込んだ。




「あーっつ!朝でこんだけ暑かったら昼はどうなるんだぁ〜!!」
「もっと暑くなるんじゃないの」
「じゃあ俺死んじゃうじゃん!」
「よし、今までありがとな浩仁、せいぜいそのアスファルトの上でカエルのように干からびるがいい」
「よしって何だ、よしってー!」




夏は嫌いだ。
すぐ暑くなる。


「何買うんだっけ?」
「えっと…和菓子と、花って書いてるな」
「花?」

ポケットからしわくちゃになったメモを取り出して広げた。
浩仁が眉をひそめて紙を覗き込んでくる。

「あ…そうか、花…」
「……」
「…竜也のお父さんの命日、明日だもんね」


紙を丸めた。


「…ああ」



だから、
夏は嫌いなんだ。

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