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小説
y第18話
玄関の前で押し黙る浩仁にかける言葉もなくただ呆然と立っていると、両親が家の前に車を停めあわてて走ってきた。

「浩ちゃん、竜也っ…!」
「今のパトカーうちか!?一体何が…」

浩仁はうつむいたままだ。代わりに何か言おうにも俺の口からは「あー」だの「えー」だのまとまりのない単語すら出てこなかった。

「早川が、あの…来た」

やっと言えた文章で両親は何があったのか分かってくれたようだった。
父さんは無言で俺と浩仁に腕を回して体に引き寄せた。浩仁は黙ったままだったが、俺は泣いた。



警察から電話が来たのは、その日の夜。
奮い立つように家を出たのは両親で、俺達二人はまた明日にでも行くと言い家に残った。


夕飯の片付けなどしていたが、ついにやることが無くなり、二人でソファーに座っていた。面白いテレビ番組も無く、ただ時間が過ぎていくのを待っていると、浩仁が突然切りだした。

「ねー、竜也」
「んー?」
「竜也はお父さんが死んだんだよね、俺と同じ7歳のとき」
「そうだな…」
「もしも今生きてたら、何してもらいたいと思う?」

浩仁のあまりにも唐突な質問に、しばらく言葉が出てこなかった。

「…してもらいたいってゆーより、何か喜んでくれるような事を俺がしたいな」
「うん…俺も一緒なんだ、母親が生きてたら、今ごろ俺は何をしてやれているんだろうって、考える」

下を向く浩仁の表情が、悲しいものへと変わった。

「でも、それよりも生きていて欲しかった」
「……」
「早川も同じなんだよ俺とだから俺が憎くてしょうがないんだ」

違う、違うよ浩仁。
お前とあいつは違う。
だって、お前は1人で戦ったじゃないか。
言いたいのに、言葉に出来なくて、悔しいのに、浩仁はまだ続ける。

「ねー竜也、俺は本当にいいのかな?これで…」




出会って間もない兄弟のその言葉を噛みしめて、
ただ黙るしかなかった。



「明日休むな、学校」
―そうか

夜、浩仁が寝たのを確認してからケイに電話を掛けた。

「捕まったんだ、早川」
―え!?いつ、今日!?
「うん、だから、明日浩仁と面会に行く」
―大丈夫だったのかお前ら!ケガとか…
「大丈夫大丈夫、明日新聞載るんじゃねーの?」

事件は全国とまではいかないが、ある程度広い地域にニュースとして報じられていた。
俺達の名前は伏せられたが、早川はどうなるのだろうか。奴にも家庭がある。しかし、それよりも怒りが勝りそんなことどうでも良くなっている自分に、少々恐怖を覚えた。

―よかったな、これで終わったじゃん
「…そうなんだけど、本当にいいのか考えちゃって」
―お前頑張ったよ、いいんだよ、もう

友人の優しい一言に、胸が震える。

「…ありがとう、ケイ、本当ありがとう」
―いいよ泣くなって!
「泣いてなんかねーよ!」

俺が浩仁に掛けた言葉も、救いになったのだろうか。
そんなことを願いながら、ケイに涙を悟られないように笑っていた。





面会室でガラス越しに見た早川は、予想とは違っていた。

しっかりした大人の印象は薄れ、髪はボサボサ、目の下には隈が出来、ずっとうつむいていた。

「早川さん…」

浩仁は入室してからしばらく経った後、ポツリと相手の名前を呼んだ。

「…申し訳ないことをしたと……思っている」

怒りの言葉を投げ掛けたくなった。明らかに憔悴しているとはいえ、人として早川はやってはいけない事をしたのだ。黙ってはいられなかった、しかし、浩仁が左手で止めてきた。

「……母を
母を、大事に思ってくれていたんですね」

早川が浩仁に視線を上げた。

「ずっと、だからですね」

大の男の目から、ポタポタと涙が流れては下に落ちていった。

「すまない、本当に、すまない…!」
「…母は、どんな人でしたか?」
「…素晴らしい人だった」

震える声で早川は呟いた。

そうですか、と
どこか満足気な浩仁の返事の後、早川の泣き声が部屋中に響いた。





「浩仁、あれでよかったのか?あれで本当にー」
「あはははは、疲れちゃった!けどやっと終わった」

警察署の外に出て浩仁は腕を目一杯上に伸ばしてみせた。

「分かってスッキリした、そりゃあ許せない事もあるけど、でもよかった」

背中を見せて歩いていた浩仁は振り返り、こちらを向いて笑った。

「やっと終わった、竜也」
「うん」
「夏休みの1日目、お母さんの命日なんだ、一緒に踏切行ってくれないかな?」
「…いいよ、もちろん」
「ありがとう」

久しぶりに見た笑顔だった。



早川が喋った犯行の動機はあまりにも腑に落ちない話だった。
早川と浩仁の母は学生時代からの知り合いで、お互い結婚した後も仲良くやっていたらしい。
ところが浩仁をかばって浩仁の母が亡くなったのを機に早川は横塚家の前から姿を消した。
最低限のやりとりは浩仁父との間であったものの、実際に会うことはなかった。

しかし浩仁父の再婚で早川は決意したらしい、誰かに恨みをぶつけることを。
そこで再び会ってしまったのが、浩仁の母が亡くなる理由となった浩仁だった。

そこまで聞いて警察署で浩仁が言った事の意味がやっと分かった。
早川は浩仁の母を、特別大切に想っていたのだ。
だからあそこまで執着した。


浩仁はいつ頃からか気付いていたんだろう。
だから怒らなかったのだ。



「竜也」

夏休み踏切に向かう途中、俺の方を向いて言った。

「俺は、良い家族に恵まれてるね」

右手に持つ花束が、かすかに風で揺れた。

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あきゅろす。
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