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小説
y第17話
「竜也、大丈夫か?」
「は…?大丈夫だけど」
「ちげぇよ浩仁の事だよ」

机を揺らされて目が覚めた。アツシが真剣な顔で俺を覗き込んでいる。

「昨日退院だったんだろ?」

ケイは腕組みをして、呆れたように聞いた。

「で、様子はどうよ?」
「あ、今の所大丈夫…医者にフラッシュバック出るかもしんないって言われてたけど無いし」
「今日学校行ったの?」
「いや…」

あわてて笑顔を作って、友達二人に向き直る。今日は休んだとだけ言い、窓の外を見た。
今日学校を休んだのは本当だ。でも、体調がどうとかそういう問題ではない。
浩仁は朝から警察に、事件のことを話しに行った。

思い出させたくない俺は反対した。だが、浩仁が行くと言ったのだ。

大丈夫と、言われた。

「今日は早く帰ってやれよ、今度お見舞い行きたいって言っといて」
「あ、ああ。浩仁お前らのこと感謝してたよ、迷惑かけたって」

アツシが気持ちの良い笑顔で、無事なら何でもいい、と言ってくれる。
こんなにいい奴らなのに、事件のことも知っているのに、今日のことは言えないでいた。
むしろ、言いたくなかった。これ以上巻き込んではいけないと心の底でわかっていたから。


家に帰ると浩仁が居間のテーブルに突っ伏して眠っていた。父さんも母も見当たらない、出かけているのだろうか。
いつもなら起こすのだが、今日は声をかけられなかった。
疲れ切った浩仁の寝顔を覗き込み、再び早川に対する怒りが湧いた。
たった1日で、一人の人間の人生をぐちゃぐちゃにしたのだ。やっと掴んだ安堵の日々を、一人の人間の勝手な行いによって壊されてしまった。


浩仁が病院に運ばれたとき本当を言うとゾッとした。
また、父のように、真っ白な部屋で別れを味わわなくてはいけないのかと。


「…は……うわぁ!!竜也!?」
「あ、おはようただいま」
「お帰り…何で起こさず見守ってんの!」
「だって気持ちよさそうに寝てたし…」
「うっわ〜、恥ずかしい!アホ竜也!」

腹をボカボカ殴られるが、寝起きということもあってあまり痛くない。
起こせなかった理由、本当は違うんだけど。

「警察……何か聞いた?」
「んー…ちょっとだけ」
「俺が聞いたら…困る話?」
「ううん、そんなことない!てゆーか…聞いて」

俺を叩く手を下ろして、静かに浩仁は話しだした。

早川は現在行方を捜索中。車がなくなっていることから考えて、車で逃走したようだということ。
必ず捕まえると約束してくれ、
犯行に及んだ動機や目的などは、早川が捕まり聞き出した後きちんと教えてくれるそうだ。

誘拐された時の詳しい状況を話した後、警察から聞いたのはこんな話だったらしい。

「疲れたか?」
「少しね…でも大丈夫」
「おふくろ達が帰ってくるまで部屋で寝てろ」
「そうするよ、竜也ありがとう」

浩仁はそう言うと階段を上り自分の部屋へと入って行った。

よかった、大丈夫みたいだ。あと2日も休めば普通の生活にも戻れるだろう。
ほっと胸を撫で下ろし、浩仁が座っていた椅子を戻していると、静かな部屋に呼び鈴が響いた。
父さん達が帰ってきたのか、そう思い玄関に向かって一歩進んだ時、気が付いた。
そもそも鍵は掛けていないはずだ、それに掛かっていても、家族全員鍵を持っているから、呼び鈴を鳴らさなくても入ってこれる。

嫌な予感がした。
でも、ただのお客さんかもしれない。過敏になりすぎなんだ、そう言い聞かせてドアの前に立った瞬間、背筋が凍り付いた。

「久しぶり、竜也くん」

ドアに自ら手をかけ、そいつは薄気味悪い無表情でそこに立っていた。
あわてて内側からドアを押さえるが、大人の力にかなうはずもない。
15センチくらいの隙間から早川が話しかけてくる。

「浩仁くんいるかい?今日は彼に会いに来たんだ」
「帰って下さい……!」
「警察がね、僕を探しているんだよ、だから会うのはこれっきりになるかもしれないんだ、頼むよ」
「浩仁はいません!」

早川が手を中に入れて扉が閉まるのを妨げようとする。

「馬鹿言っちゃいけないよ、嘘だね」

ゾッとするような低い声、徐々に扉が開いていく。
片手しか使っていないのを不審に思っていたが、その理由がやっとわかった。
右手には、包丁が握られていたのだ。

「もう来れなくなるんだよ、そうしたら何も出来ないじゃないか、最後にするから浩仁くんにあわせてよ」
「帰ってくれ…!誰か!」

ただただ、浩仁が物音に気付いて二階から降りてこないことだけを祈った。

「開けろガキ!!おい横塚浩仁いるんだろ!!出てこい!」

耳に大声が轟く、包丁の柄で玄関のドアを殴り付ける音が繰り返される。
恐怖しか無かった。
でも、この手を離せば殺される。そう思った。
自分も浩仁も、きっと。
恐怖の一部はそれだった。

「帰れ!いい加減にしてくれ!」
「どけ!出てこいいぃ!」

もう子供一人通れるほどのドアの隙間ができていた。このままじゃ殺される、そう思った矢先、遠くからパトカーの音が聞こえてきた。

「ああああ!殺させろ!」
「動くな早川敏雄、警察だ!」

何人かの人の気配と声、それに早川の力が弱まっていき、ドアの向こうで押さえつけられているのが見えて、安心感からその場に座り込んでしまった。


「竜也……!」

階段を浩仁は降りてきた。座り込む俺に飛び掛かるように近くに寄る。

「竜也、ケガはない?ごめん俺のせいだ、ごめん」
「…警察呼んでくれたのお前?」
「うん…本当はすぐに竜也の所に行こうと思ったんだけど、竜也俺をかばってくれたから…」

ああ、また落ち込んでしまう。直感した。
このままだと浩仁は自分の責任だと悔いてしまう。

「助かったよ浩仁!もうドア離しちゃおうかとか考えてたんだよ、ありがとーな!」
「……竜也…」
「横塚さん!大丈夫ですか!」

外から男の人の声がする。ドアを開けると警官が何人かいた。

「大丈夫です、あの…」
「早川は銃刀法違反で連行します、その後拉致監禁および暴行で逮捕されます」
「はい…」
「後でご連絡いたします、それでは」

威勢のいいおじさんがスラスラ報告をしてさっさとパトカーに乗り込む。
車のドアを開けた時、捕まった早川の叫び声が聞こえてきた。

「殺させろ!殺させろ!お前のせいだ、緑さんを返せ!!横塚浩仁!」
「早川黙れ、静かにしろ」
「殺してやる!ああああああああああああ!!」

パトカーが閉まり、声が聞こえなくなる。窓に警官に押さえつけられながら暴れる早川の姿が映っていた。

「終わった…」

知らぬ間に、そう呟いていた。
浩仁を見るとうつむいて黙っている。

「…浩仁?」
「早川が…何で俺を恨んでいるのか…わかった気がする」
「…どういうこと?」

重たい口を開くように、ゆっくり、浩仁は言った。


「あいつの叫んでいた名前…緑は、俺の母親の名だ」

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