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小説
y第16話
浩仁の退院の日が来た。

浩仁は俺と話をしてから、あのことについて一切喋らなかった。
警察に幾つか質問されたときも、黙って首を振るだけだった。

父さん達の前では常に明るく笑っている、まるで何も無かったかのように。


俺は自分の見聞きしたこと全てを警察に話した。
それこそパーティーのときから浩仁が帰ってきた所までを全て。
父さんもそれを聞いていた。

父さんが重苦しい表情で話してくれたのは、久保は奴の結婚前の苗字で、現在は早川という名を使っているらしいと言うこと。
浩仁の亡くなった母親と早川は高校時代からの知り合いで、お互い結婚してからも家族ぐるみの付き合いをしていたそうだ。
浩仁の母親が亡くなるまでは。



「どうして…何も言ってくれなかったんだ」

最初に病院に行った日の帰りの車の中。
外では雨が降っていた。

「…あの時は言ったら浩仁に何されるか分からなくて…言えなかったんだ」
「そうじゃない!!」

初めて怒鳴られたのがまさしくこれで、膝に落としていた目線をさらに下げる。

「何で早川に最初会ったとき、言ってくれなかった…!!」
「だって…父さんと友達みたいだったから…」


沈黙の後、父さんの震える声が車の中に響いた。

「…私はお前達の父親じゃないか…」


信じて貰えなかったからじゃない、何も力になれなかった事が、自分が腹立たしいと。

父さんは初めて怒った。
俺に対してじゃなく、浩仁にも早川にでもない
自分に。






「ほら、カバン持つよ」
「いいよー」
「まだ腕痛いんだろ?ほら早く」

おずおずと荷物を差し出し、病院の中庭の階段を下りる浩仁の頬には、まだうっすらアザが残っている。
笑っているけど、本当の笑顔じゃないのは周りの誰もが分かっていた。

無理に笑っているのだ、
周りの人のために。


「竜也ぁ、親父達来るの、何時だっけ」
「えっと…1時だな」
「まだあるなー、時間」
「どうする?」
「中庭歩こう、結構広いんだぜ?」

ぐいぐい道を進む浩仁を慌てて追いかける。

今日の夏が迫ってきているその空は、雲一つ無かった。


芝生と芝生の間に敷かれた土の道を、浩仁の後に続いて歩く。
何も喋らず、ただゆっくり。
昼過ぎは入院患者はリハビリの時間などが重なるため、中庭に人気はほとんど無かった。


「救急車来た時とかさ、竜也の友達にお世話になったんだっけ」
「ん?…ああ」

静寂に身を委ねていたため急にきた浩仁の話に、返事が遅れる。

「またお礼言わないとね」
「あいつらも心配してたよ、ケガは大丈夫だったかとかしつこくて」
「…すごい迷惑かけちゃったね」

足が止まった。

「そんなことないよ」
「ないこと無いよ」

浩仁の背中が震えているのがわかった。

「何でなんだよ…俺が大事だと思った人に、迷惑かかるの…」
「浩仁」
「何でこんな思いばっかりしなきゃいけない、させなきゃならない…!」
「違う、浩仁…」
「もうしんどいよ、何で」

駄目だ、俺の声が聞こえてない。どうにか、しなきゃ。
カバンが地面に落ちる。
腕を伸ばして、浩仁の肩を掴みこちらを向けさせる。

「浩仁、約束忘れてる」
「……?」
「1人で泣かない」

目に涙をためて、顔を真っ赤にして、くしゃくしゃになっていた。

肩を貸してやるともたれてきて、そのまま泣き出した。

「お前が大事に思ってる人は、お前のことを、大事に思ってくれてるってこと、忘れるな」

「怖かったよな、痛かったよな、辛かったよな、平気な方がおかしいんだよ」

「泣いて少しでも楽になるなら、俺がずっといるから、ちゃんと泣け」


髪を撫でながら言う俺の言葉に、うんうんと頷いてばかりで、俺のTシャツにしがみついて、浩仁はひたすら泣いた。

待ち合わせの時間になっても、動かずに、ただずっとそこにいた。



なぜ、浩仁なのか。
片親を失って、自分の責任だと思い込んで、辛くて。

俺も同じだ。
辛かったけど、父さんや浩仁に出会って救われた。

だったら、今度も同じに。
同じだったらよかったのに。
今の俺には、浩仁の痛みを理解する事すら出来ない。

なぜ    そう、
神様に問いかけていた。




「なんか俺泣いてばっかで恥ずかしい」
「いーんじゃね、俺しか見てないって」
「だから竜也に泣いてるとこばっか見られてるから、恥ずかしいじゃん」


浩仁と駐車場に向かいながらこんな話をした。

「でもさ、竜也がいてくれると思うと安心できるよ」
「…どうも」
「…嫌じゃない?」
「違うよ…そんなこと言われたらこっちが恥ずかしいじゃん」

あははと浩仁は笑った。
きっともう安心していいんだろう。

そう思うと、他のことがどうでも良く思えてきた。



しかし、大人達はそうは思わなかったのだろう。
警察では既に捜査が始まっていたらしいのだ。

そして、早川も。

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あきゅろす。
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