小説
y第15話
15:25まで、あと10分
踏切のそばに着いたのはそんな時間だった。
あと少し
既に息が切れ、弾む肩を押さえつけるように足を引きずっていると、制服のポケットの中の携帯が唸るように鳴りだした。
「はい…」
―もしもし!?場所は分かったか?今どこに
「…北宮の3番地の…踏切のとこ、バス途中までしかないから…」
―今から俺達も行くから!30分くらいで着く!
友達二人からの電話だった。
もう何も考えられなくて、返事もままならないのに勇気づけてくれる電話の向こうの友達がやけに頼もしかった。
「もうすぐなんだ…時間」
―大丈夫、落ち着いてたら大丈夫だよ
「あぁ…」
ふと目線を上にやる。
15:23
先の踏切の向こう側。
「こ…浩仁」
―え!?竜也、いたのか?
「…っ、ごめん切る」
―ちょ、たつ…
急いで携帯を閉じてポケットにねじ込む。
踏切の向こうの二つの人影へ走りながら、叫んだ。
「浩仁!」
少なくとも、浩仁にはもう抵抗できる力があるように見えなかった。
久保が、浩仁の胸ぐらを掴み、大きな声で怒鳴っている。
「ほら!お母さんはここで死んだんだろう?!ここで、君をかばって!」
「やめろ!浩仁、早くそいつから離れろ!!」
「分かっているのか!体はバラバラになって、あんな醜く、お前がした!!」
「やめろ!!」
「なぁ横塚浩仁!なんとか言え!!」
踏切が鳴りだした。
あと少しなのに、足がもつれてうまく走れない。
「浩仁!お願いだから早く」
カンカンカン、と、いつもより大きく警報器が鳴り響き、耳が痛くなる。
遮断機が降り、赤のランプが激しく点滅を繰り返す。
「やめろ、お願いだから−」
何で今の浩仁にそんな事を言う。昔なら、まだ救いようがあったかもしれないのに。
一度解放された浩仁にとって“お前のせい”という言葉は再び戒めになりうる。
縛り上げ、奥深くまで後悔と絶望を繰り返す。
自分の無責任さに腹が立った。
自分の無力さに失望した。
「たつ…や」
警報音のせいで浩仁の声が聞こえない。
線路を挟んで何か言っている。
「……て」
「え?」
や め て
ゴオオ、電車が目の前を横切る。
その直前、浩仁の唇が、その3音を刻むのを見逃さなかった。
いつもより、電車の通過が遅く感じた。
カンカンカンと音が徐々に小さくなり、遮断機が上がったそこに久保はいない。
脇に浩仁が倒れているのが目に入り、急いで駆け付ける。
「浩仁!浩仁!」
酷く一方的に殴られた顔はアザや赤く腫れ上がった跡、口の中を噛んだのか唇の端からは血がにじんでいた。
「……ッ!」
何も出来なかった。何も。
目から熱い液体が頬を伝い落ちてくる。
「ごめ…ごめん、ごめん!ごめん!」
浩仁を抱き抱える手に力が入る。
浩仁のかすかに感じる息に、安堵と悔しさが、込み上げてきた。
震える手で番号を押して、ほぼ泣きじゃくりながら救急車を呼んだ。
しばらくしてケイとアツシが来てくれて、正直助かった。
気が動転していて、浩仁のケガの具合や意識の確認など考える余裕が無かったし、救急隊員の人への事情の説明も、全てケイがやってくれた。
アツシはずっと俺の肩に手を置いて支えてくれた。
二人は、病院にはついていかないから、と言い救急車に同乗する俺を見送った。
病院に着くなり浩仁は奥の部屋へ担ぎ込まれる。
一度看護師さんが来た後、俺は一人にされた。
もう何がどうなっているのか分からない。
浩仁はどうなるんだろう
父さんと母に連絡は行ったのだろうか
久保が浩仁にこんな事をした理由は
何で、どうして、何で。
廊下のベンチでうなだれていると、父さんが走ってきた。
母はどこだろう、何か手続きでもあるのだろうか
そんなことを考えていると、父さんが俺を見て何か言いたげにしていた。
どうしたの、と聞こうも喉がつぶれたみたいでどうにも声が出せない。
すると、父さんが何も言わずに抱きしめてきた。
「……と」
やっと振り絞った声が涙と共に溢れ出て来る。
「…っとうさん…!!浩仁が、浩仁が…ごめんなさい!!俺…俺のせいで…」
「竜也は悪くないよ」
まるで子供をあやすように優しく返事をしてくれた。
浩仁は軽い打撲と擦り傷などだけで、命に別状は無いらしい。
意識が戻って最初に面会を望んできたのは俺だった。
本当は会うのが怖かったが、病室で浩仁と向き合った。
「…ごめん、竜也」
「それは俺の台詞だ…お前を助けられなかった」
「…違うよ…全部、俺のせいなんだよ…ごめん」
「何で…」
そこで言葉が詰まった。
ついこの間、
もう見ないだろうと思っていた浩仁の涙が
目の前で流れていた。
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