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小説
y第9話
「竜也早く!」

浩仁が元気良く俺の前を歩いて行く。

「まだ30分あるだろー」
「先に席行ってからグッズ見よ!」

今日は貴重な連休の1日目。お互い何もすることがない、と言うので二人で映画館に来た。
男二人で映画とはなんともむさ苦しい物だが、仲の良い女の子もそれと言って…いないし、気がね無く一緒に出かけられるのは浩仁だけかもしれない。

「グッズって今日見るの何の映画なの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」

浩仁が映画館前の並んでいる広告の一つを指差す。
黒の背景の不気味なポスター。

「スプラッタホラー」





俺が露骨に嫌がったせいで、5分で席に着けるはずが15分かかってしまった。
でも誰だって嫌がるだろう、そのホラー映画というのが、今までの作品がめちゃくちゃ怖いと評判の映画監督なのだ。

「竜也大丈夫だって〜、画面から出てくるわけじゃないんだから」

そんなことくらい分かってる。でも駄目なんだ、あのホラー映画独特の雰囲気。半分泣いて頼んだが浩仁は頑としてわめく俺を引っ張って、ついに映画館の席に座らせられてしまった。

「ほら、ポップコーン」
「……」

食べ物でやすやすと片付けられてしまう自分に呆れたが、浩仁が久々に笑顔でいるので心の底ではほっとしていた。


あの夜、浩仁の部屋から出て自分の部屋に戻ると、しばらくして父さんが入ってきた。
あらましを説明すると父さんは何度も何度も、ありがとう、と言ってきた。
それから浩仁が変わったかと言われるとそうでも無い気がしていたが、父さんによれば前より明るくなったらしい。
俺にとってはどうでも良かったんだ、ただ、浩仁の心のより所になれば何でも。


「あ、始まるよ竜也」

照明が落とされてからしばらくして、映画が始まる、と浩仁に腕を軽く叩かれる。


「これ、評判は…?」
「気持ち悪くなっちゃった人が…2人ほどいるらしいよ」

暗い中、スクリーンの明かりに照らされた笑顔の浩仁が、あまり聞きたくないことをサラリと言ってのけた。


…正直見たくない。
でも買ったチケットの事とか、他の理由が自分の見たくないという考えを打ち砕く。

どうせ映画だし、しばらく寝ていたら終わっているだろう。

そう、簡単に解決させたと思った自分が馬鹿だった。





「竜也…終わったよ……」

浩仁が困ったように半笑いで俺に言う。

「し…死ぬ…!!」

周りの席の人達が、帰りぎわに俺と浩仁をじろじろ見てくる。
仕方はないだろう。崖の上に立たされたような顔をした男が、もう一方にしがみついて放さないのだから。

「いや竜也…まず映画のジャンルを言うべきだったんだよ俺が…うん、俺が悪かったよ……」
「無理ムリ!死ぬからぁ!」
「だから…謝るからさ…お願い…、放して」

半ば諦めがちの浩仁の声が、天井に響いた。




「なんでわざわざ映画なんてつくるんだよ!別にお化け屋敷とかでいいじゃん!?」
「いや…うん、悪かったから…」
「大体さぁ、映画つくる過程であんな気持ち悪いのわざわざ撮ってさ!俺にはなぜホラー映画が存在するのか分からん!」

平気になったので浩仁に愚痴を言いまくる。
隣でパンフレットやキーホルダーを眺める浩仁は後味悪そうに笑っていた。

「ほら、でもこの殺人鬼の幽霊のマスコット可愛くない?」
「…どの辺が」
「……おでこの愛嬌とか」

二人でしばらく見つめ合った後気まずくなりマスコットの話から話題を変えた。

「なっ、なんかお腹すかない?」
「そうだな!うん、なんか食べに行こう!」
「じゃあパンフ買ってくるから待ってて」

浩仁が小走りでレジへと向かう。
近くの柱にもたれかかって一息つく。


普通に元気みたいだな…
良かった。

もう涙を見ることは無いな、そう思った。




「はいコレ」

喫茶店に入って、頼んだものが運ばれてくる間に向かいの席の浩仁が小さな袋を取り出した。

「何?」
「んー?今日の思い出に」

訳が分からず袋を開けようとすると、浩仁が身を乗り出して阻止してくる。

「だーめ!帰ってから開けるの!」
「女の子みたいなことを言いだすな急に」
「とにかく今開けちゃだめだかんね!」

ほら、お揃い。と、浩仁も同じ大きさの袋を取り出して見せびらかす。
コーヒーとパスタが運ばれてきて、フォークを掴んだ矢先、浩仁が切り出した。

「今日…楽しかった?」
「ん?うん、そりゃ…」

うつむき加減でほぼ上目遣いで聞いてきた質問に戸惑った。何でそんなことを聞くんだ?別にわざわざそんな気を使う必要も無いことなのに。
やっぱ映画の件を気にしているのだろうか。

「この間…」

「…この間、嬉しかったんだ、竜也に救われた気がした…だから、お礼がしたくて」
「え、べ、別に良いのに…そんな感謝されるようなことしてない…」
「ううん、感謝してる、兄弟になったのが竜也で良かった」

自分でも顔が熱くなるのが分かった。照れ隠しにコーヒーを半分ほど一気に飲む。それが思いの外冷めてなくて、思わず口を押さえた。

「あーもー何やってんの、竜也ぁ」
「う…」

キラキラした笑顔が眩しくて、小さな声で
「俺も」
と言った。





帰って浩仁が風呂に入っている間に、貰った袋を開けた。


「……あいつまじであり得ねぇ」

小さな袋の中には、今日見た映画の殺人鬼の幽霊のマスコットが、おでこを見せて笑っていた。

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