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小説
y第8話
聞いてくれてありがとう

そう言って、浩仁は自分の部屋へ向かった。
居間の入口で両親とすれ違っても、何も言わずに階段へ歩いた。
それを見た母は居間に入ってくるなり俺に

「浩ちゃんどうしたの?竜也何かしたの?」

と話しかけてくる。
何も答えられない。
なんで今まであんな大事なこと、黙ってたんだ。
兄弟って、家族って言ったのに。

「竜也くん」

父さんに声をかけられて、はっと我に返る。

「……ちょっと話があるんだが、いいかな?」
「…はい」
「咲子さんすまないが席を外してくれないか」
「あ、はいはい、いいですよ」

母が居間から出ていく。
それからしばらくして、父さんは切り出した。

「二人の表情を見てみると…どうやらあの話を聞いたようだね」

唐突に、でも確信を突かれたその言葉に少し驚いた。

「……お母さんのことを」
「…うん」

少し悲しい顔をして、父さんは沈黙の後話しだした。

「連れが死んだのは、決して浩仁のせいじゃない」
「…分かってます、でも、あいつは自分の責任だって…思ってる」
「…いくらお前のせいじゃないと言っても否定するばかりなんだ」
「浩仁は…悪くないじゃないですか」
「でもきかないんだ、自分のせいだと」

お互いうつむいて話しをする。
顔を上げたら、何も言えなくなる。今でさえつぶやくように話すので精一杯だ。

「あの子は人前で泣かなくなってしまった、いつも泣くときは1人で」
「…聞きました」
「踏切事故なんてものを子供の頃に、しかも自分の母親が被害者の所を見てしまったんだ、私にあの子の気持ちを完全に分かってやることはできない」
「それは…」

父さんは顔を手でおおい、震える声で続けた。

「……竜也、竜也ならあの子の気持ち、少しは分かってやれないか」

父さんの、手が震えている。初めて名前を呼び捨てで呼ばれた事に気付き、父から息子への頼みごとなんだと、父さんの言葉の重要さに気付く。

「浩仁を…助けてやってくれ」
「俺に出来るかわからないよ、父さん」
「それでもいい…あの子を心配する人がいることを、教えてやってくれ」
「…」
「…もう、1人で泣かせてやりたくない」

こんなに、浩仁を心配する人がいるのに、あいつは気付かないで、1人で抱え込んでいる。
そんなのダメだ。
あいつを助けてやりたい、助けないと。

「…俺も父さんと同じ意見だ、浩仁を助けたい」
「竜也…」
「俺も浩仁が大好きだから」



階段の軋む音がいつもより大きく聞こえる。
曲がって突き当たりの部屋、俺の隣の、浩仁の部屋。

「浩仁」

部屋の戸をノックして話しかける。

「…竜也?」

かすれた声だった。
寝ていたのか、それとも泣いていたのかドア越しでは分からない。
どうして良いか分からなくなり、手がこわばる。

「…入っていい?」
「……いーよ」

断られなくてよかった、と思った。
俺のことを怒ったりはしていないようだ。


ガチャリと音をたててドアは開いた。
布団の上に突っ伏すようにして浩仁はいた。

扉を閉めて、ゆっくり、静かに話しかける。

「俺に話したの、後悔とかした?」
「…してないよ」
「気分悪くとか、ない?」
「…平気」

顔を上げてくれない。
声も、俺の質問の返事しか言わない。
何を言えば良いのか分からなかった。

「…浩仁」
「竜也だって」

少しくぐもった、でも強い口調で浩仁が話しだした。

「竜也だって、お前のせいじゃないって、言うんだろ、どうせ」

今までずっと言われ続けてきた、自分のせいなのに。

責任を押し付けてくれたほうが、マシだったのに。




「……浩仁」


浩仁の肩に手を乗せた。
肩が冷たい。
自分の手が熱湯のように熱く感じるほどだった。




「……今まで辛かったな」


浩仁の背中がピクリと動く。


「もういい、いいから、もう十分だから」
「……た…」


俺を否定しようとした声が途切れる。

「……もう、いいの?」

小さく、今にも潰れてしまいそうな声で、浩仁はうつむきつぶやいた。

「うん、もういいよ」

幸せになっても。




いいのかな?本当に、そう繰り返しながら腕で顔をごしごし擦る。
袖が涙で濡れても、浩仁は止めない。

「だって…俺の……俺のせいなのに…!なのに…」
「うん、でも、もういいから、大丈夫だから」

俺に背を向けてベッドに座る浩仁の頭に、そっと手を乗せる、最初は小さかった泣き声が次第に大きく、強くなっていった。





しばらく背中をさすっていると、肩に熱が戻って来ているのが分かった。
浩仁は俺よりいくらか小さい手で顔を覆い、かすれた声で一言
ありがとう
     とつぶやいた。




いいよ、その言葉しか出なくて、髪を掻き回してやりながらそう言って、俺は部屋を出る。


部屋を出た瞬間、糸が切れたように俺の目からも涙がこぼれ落ちた。

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あきゅろす。
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