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小説
y序1
突然母に言われて少し、本当に少しだけどびっくりした。

「母さんね、結婚したい人がいるの」


うちの家は俺と母の二人暮らしだ。
俺が6歳の時に父の病気が発覚し、7歳になって他界した。それから俺が15になる今までずっと二人で生活してきた。
母は女手ひとつで俺を育ててきてくれた。中学を出たら働くつもりだった俺を、「そんな心配しなくていいから」と地元の進学校にまで入れてくれたのだ。
ここで反対する理由は無かった。

「いいじゃん、しなよ、結婚」
「でも…」
「今までお袋俺のことばっかで自分のことは二の次だったろ?やっと自分の幸せ掴めるんだ、俺は喜んで祝福するよ?」

我ながらいい息子だ、それに今の言葉に嘘はない。
母のためにもなるし、俺も今までのように家を気にして自由に行動できない事もなくなる。
いいじゃないか?それで。

「で、でもね、あちらさんにも…息子さんがいらっしゃるらしいのよ」

一瞬思考が停止した。
あちらさんにも……息子さん……?

「でもね、いい人なのよ?仲良くなってね、お互い夫と妻を亡くしてて、聞いたら子供の年齢が一緒でね、話盛り上がっちゃって…」

母が一生懸命話をしてくれていたが、俺の耳には届いていなかった。
確かに母の幸せは誰よりも願ってるし、きっと母の人生は幸せなものへとなるだろう。きっと間違いなんて無い…でも…
同時に俺の人生でもあるのだ、安易には決められない。
しかし、その時俺は気が付いた。母が、父が死んで以来見せていない笑顔で

笑っていたのだ。

その人の話をするとき、息子の俺が8年間なにをしても見ることの出来なかったその笑顔をちらつかせるのだ。
ああ、きっともう、今後母をこんな風に笑わせる人なんて現れないだろう。
そして、きっとその人なら、母を幸せにしてくれるだろうと 心の中で思った。

「お袋がいいなら俺はいいんだ、…幸せに…してもらいなよ、きっと」

人生最大の親孝行だな、と少し笑った。




それから数日後、皆で食事をすることになった。
覚悟はしていたけど、やっぱり緊張する。
これから家族になる人たちと会うのだ。多少なりとも不安があった。

場所は老舗の料亭。日曜だというのに制服を着ることになり、複雑な気分になった。

「ご予約の横塚様ですね、もうお二方は既にお部屋でお待ちになっておられます」

自分の苗字ではない名前で呼ばれると変な感じだ。
それにむこうはもう来ているのか…、更に緊張させる要素が増えた。

明るい若葉色のスーツを着た母が、ドア越しに中にいる人物に声をかける。

「入りますよ?」
「ああ、咲子さん、どうぞどうぞ」

中から返事が返ってくる(咲子とは母の名前だ)。引き戸がカラカラ音を立てて開けられた。


初の対面……にしては味気無かったが、その時の俺は緊張がMAXに達していたので表情を平然と装うので精一杯だった。

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あきゅろす。
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