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◇
最初に飛び込んできたのは、チカ先輩の顔だった。
「………」
「キサキ君?」
困ったような表情。
何故そんな顔をしてるのだろう。
「あの、先輩……」
「目覚めたか?」
桐生先輩の声に、ゆっくりと頭を横に動かした。
落ち着いた薔薇の壁紙。真紅の絨毯。視界の端にシャンデリアが見えた。
ヴィクトリアンな装飾は、ここ数週間ですっかり見慣れた迎賓室の風景だ。
「保健医を呼んである。じき来るだろう」
そうか、僕は気絶して、それで。
「あの、」
「実行犯の目星は付いてる。モニターから画像引き出したら、職員に提出する」
向かいのソファに座った桜庭先輩が、あさっての方を向いたまま言った。
怒っているだろうか。
「……お手数お掛けして、すみません」
こういった騒動を防がなくてはならない立場なのに、僕が当事者だなんて。
「何で謝るんだい?」
すると、チカ先輩はきょとんとした顔で言った。
「え……」
そんな顔をされると、何と返していいか分からなくなる。
「それはその、ご迷惑をお掛けして……」
「迷惑だなんて思ってないよ」
またその顔。困ったような、まるで心配するような顔。
その顔は嫌いだと思った。視界に入れるのが辛くなる。
「ここにいる皆、僕と同じ気持ちだよ。キサキ君が、無事でよかった」
「無事じゃねぇけど」と不満げな桜庭先輩。
苦笑する、けど目の奥で優しく笑う桐生先輩。
あぁ、そうか。
――心配するような顔――
心配、されているのか。
「ありがとうございます」
目の前にあったチカ先輩の頬に手を添える。
僕が目を覚ますのを待っていてくれた。
「その気持ちが、凄く嬉しい」
目を合わせてそう言うと、自然と頬が緩んだ。その途端、
「え」
ピシリ、と空気が固まった。
何だか以前もこんな体験をしたな、と思った。
「き、さき君?」
「え? あ」
チカ先輩の頬に自然と触れていた手。不味かったな、と離した。
チカ先輩は何というか、端的に言って凄く可愛らしい顔をしているため、無意識にこんな行動に出てしまったのだ。
「つい女性にするようにしてしまいました。ごめんなさい」
顔を赤らめたチカ先輩に言い訳すると、再び空気が固まった。
今度は何だ。男を女扱いしたのが悪かったか。
「………女の子には、してるの。こういうこと」
「はい?」
意味が分からず聞き返すと、
「木崎……恋人がいるのか」
「は? あぁ、いえ、よく茜に………」
「……アカネ?」
「はい、茜は僕の……って桜庭先輩何でそんな顔してるんですか」
「婚約者………とかか?」
「こッ……!?」
「まさか!!」
「………あの…」
結局保健医が来るまで、「茜は妹だ」ということを事細かに説明する羽目になった。
何故だ。
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