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--05
 
 
 ◇


 最初に飛び込んできたのは、チカ先輩の顔だった。


 「………」
 「キサキ君?」


 困ったような表情。
 何故そんな顔をしてるのだろう。


 「あの、先輩……」
 「目覚めたか?」


 桐生先輩の声に、ゆっくりと頭を横に動かした。

 落ち着いた薔薇の壁紙。真紅の絨毯。視界の端にシャンデリアが見えた。
 ヴィクトリアンな装飾は、ここ数週間ですっかり見慣れた迎賓室の風景だ。


 「保健医を呼んである。じき来るだろう」


 そうか、僕は気絶して、それで。

 
 「あの、」
 「実行犯の目星は付いてる。モニターから画像引き出したら、職員に提出する」


 向かいのソファに座った桜庭先輩が、あさっての方を向いたまま言った。
 怒っているだろうか。


 「……お手数お掛けして、すみません」


 こういった騒動を防がなくてはならない立場なのに、僕が当事者だなんて。


 「何で謝るんだい?」


 すると、チカ先輩はきょとんとした顔で言った。


 「え……」


 そんな顔をされると、何と返していいか分からなくなる。


 「それはその、ご迷惑をお掛けして……」
 「迷惑だなんて思ってないよ」


 またその顔。困ったような、まるで心配するような顔。
 その顔は嫌いだと思った。視界に入れるのが辛くなる。


 「ここにいる皆、僕と同じ気持ちだよ。キサキ君が、無事でよかった」


 「無事じゃねぇけど」と不満げな桜庭先輩。
 苦笑する、けど目の奥で優しく笑う桐生先輩。


 あぁ、そうか。

 ――心配するような顔――

 心配、されているのか。


 「ありがとうございます」


 目の前にあったチカ先輩の頬に手を添える。
 僕が目を覚ますのを待っていてくれた。


 「その気持ちが、凄く嬉しい」


 目を合わせてそう言うと、自然と頬が緩んだ。その途端、


 「え」


 ピシリ、と空気が固まった。
 何だか以前もこんな体験をしたな、と思った。


 「き、さき君?」
 「え? あ」


 チカ先輩の頬に自然と触れていた手。不味かったな、と離した。
 チカ先輩は何というか、端的に言って凄く可愛らしい顔をしているため、無意識にこんな行動に出てしまったのだ。


 「つい女性にするようにしてしまいました。ごめんなさい」


 顔を赤らめたチカ先輩に言い訳すると、再び空気が固まった。
 今度は何だ。男を女扱いしたのが悪かったか。


 「………女の子には、してるの。こういうこと」
 「はい?」


 意味が分からず聞き返すと、


 「木崎……恋人がいるのか」
 「は? あぁ、いえ、よく茜に………」
 「……アカネ?」
 「はい、茜は僕の……って桜庭先輩何でそんな顔してるんですか」
 「婚約者………とかか?」
 「こッ……!?」
 「まさか!!」
 「………あの…」


 結局保健医が来るまで、「茜は妹だ」ということを事細かに説明する羽目になった。

 何故だ。



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