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 佐橋先生は、眼鏡を掛けた気弱そうな若い先生だった。聞けば、今年初めてクラスを受け持つ、新任の先生だという。


 「もう、僕が担当のときにこんなことが起こるなんて……本当にどうすれば………」


 佐橋先生は肩を震わせながら、今にも泣きそうな声でそう呟いた。
 その佐橋先生に、桐生先輩は「大丈夫ですよ」と微笑む。


 「佐橋先生は盗んでいないのでしょう。責任を感じることはありませんよ、必ず僕たちが犯人を突き止めます」


 一人称が変わっているが、これは詐欺ではないのか。いいのか。
 佐橋先生はポッと顔を赤らめ、幾ばくか落ち着きを取り戻したようだ。

 しかし佐橋先生も眼鏡、桐生先輩も眼鏡、更に僕も眼鏡である。レンズに換算すれば六枚だ。傍目に見てこの光景は如何なものであろうか。僕は不謹慎にも、そんなことを考えていた。


 「事件が起こった時のこと、教えて下さいますか」
 「はい………」


 その日は、佐橋先生が夜の校内巡回の担当者だったという。


 「その日はいつもより、早く見回りをしていました。西校舎から見回りを始めて、北校舎を確認したあと、中央校舎を歩いていたんです」


 中央校舎の職員室前を歩いていたとき、職員室から物音が聞こえた。
 佐橋先生は少々怯えたものの、気になって職員室の扉を開いた。

 中は真っ暗だったそうだ。


 「とりあえず電気をつけました……一応、懐中電灯は持っていましたが……。何があったのかはすぐには分からなくて、でもふと見た先にあった金庫の扉が、開いていたんです」


 佐橋先生は悔やむように、言葉尻をすぼめた。


 「金庫、ですか?」
 「はい……印刷済みのテスト用紙は、金庫に入れて保管されていました」


 佐橋先生は、各学年の主任に連絡を入れたという。


 「二年の上條先生がすぐに来てくれました。……一年の及川先生と、三年の熊谷先生には連絡がつかなくて……校内をもう一度巡回したのですが、人影はありませんでした」


 とにかく明日の朝の職員会議で報告し、テストは延期する。
 その場はとりあえず解散したそうだ。


 「ちなみに見回りを始めた時間は………」
 「二十時過ぎです………普段は二十時半頃から見回りをするのですが、この日は用事があって」


 佐橋先生は言葉を濁す。何か人には言えない用事なのだろうか。
 追及しようか迷ったが、警戒されては困るので避けることにした。桐生先輩も同じ見解だったようで、「そうですか」と特に追及することもなく当たり障りのない回答を返す。


 「金庫の鍵は、誰が持っているんですか?」


 テスト用紙以前に、そもそも金庫の鍵が盗まれていたという可能性もある。
 僕が尋ねると、佐橋先生は困ったように眉を下げた。


 「金庫はダイヤル式で……教師はみんな、誰でも開けられます」


 ◇


 「桐生君、犯人を見つけて下さいね」


 熱っぽい目で力を込める佐橋先生に、桐生先輩は笑顔で「勿論」と返す。何故僕には言わないんだ。
 ありがとうございました、と礼をし、先生に背を向けると、桐生先輩は露骨に嫌そうな顔をした。やはり「作っていた」らしい。

 第一学年主任はジャージを着た、おおらかな恰幅のいい、中年の先生だった。


 「あの日は疲れて、寮に帰った瞬間寝てしまってな!」


 及川先生は豪快に笑った。

 寮に掛かってきた電話に気付かず、朝になって事態を把握したという。


 「驚いたな、まさかこんなことが起きるなんて……」


 及川先生はプリントの束をホッチキスで留めながら言った。体育の授業にはペーパーテストがないため、今回は再制作に巻き込まれずに済んだそうだ。


 「自分の実力で受ければいいものを……追い詰められてたんだな、きっと」


 そんな及川先生とは対照的に、第二学年主任の上條先生は、目の下に大きな隈を作っていた。


 「まったくテスト盗難だなんて……勘弁してほしいですよ」


 上條先生はパソコンから目を離さずに、キーボードを打ちながら言った。


 「佐橋先生から電話が入ったんですよ……まったく教頭に連絡すればいいのに。頭が回らないんでしょうね、彼は。お陰でいい迷惑でしたよ」
 「佐橋先生が上條先生にお話した内容を教えて下さいますか?」
 「よほど焦っていたのか、何を言っているのか最初は分かりませんでしたよ……テストテストと言われても。落ち着かせて問い質せば、見回りをしている最中に職員室に立ち寄ったら、テストが無かった。それだけの話でしたよ」


 佐橋先生の供述とほぼ一致する内容だった。


 「犯人がまだいるかもしれませんからね……校内を見回りしたのですが、猫の子一匹いませんよ。まったくあの先生ときたら、怖いから一緒に見回ってほしいだなんて……手分けした方が早いというのに………」


 科学教師の上條先生は眉間に皺を寄せながらも、光速で手を動かしている。画面を覗くと、どうやらテスト問題の作成をしているようだった。今回の件について、相当苛立っている様子だ。




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あきゅろす。
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