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フライング
 
 
 久々に入った教室は、何だか新鮮な気持ちにさせられた。


 「おはよう木崎。久しぶり」


 席に着こうとすると、委員長に声を掛けられた。僕が会話を交わす、数少ないクラスメイトの一人である。


 「おはよう、目の下に隈が出来た委員長」
 「はは、バレた? 高等部上がって初めてのテストだからさ。木崎にも負けたくないし」


 風紀というネームバリューや家柄で偏見を持たない、気さくな奴だと思う。
 しばらく委員長と会話を交わしていると、視界の端に陰鬱な影を背負った市川がのっそりと現れた。


 「うわっ! 市川大丈夫?」
 「………おはよ、いいんちょー」


 市川に会うのも一週間ぶりだった。
 やはり思ったとおりと言うべきか。寮の食堂でも姿を見ることのなかった市川は、委員長の比では無いくらいに隈が酷かった。
 市川でこれだけということは、西園寺会長はさぞかし苦労しただろう。


 「お前ら席着けー」


 ホストクラブにでも勤めていそうな担任が教室に入って来たので、委員長は「じゃあ」と手を振り、自分の席に戻っていった。「………眠たい」と隣で市川が呟く。


 「寝てないのか?」
 「一週間寝てない………」
 「おら、そこの二人黙れ。よく聞けお前ら、テストは中止だ」


 中止?

 鳴海先生の言葉に、教室がざわめく。隣から「ほぶぉ!?」という人間離れした奇声が聞こえてきたが、無視をすることにした。


 「あー……厳密に言えば、延期だ。テストの問題用紙が盗まれた」


 鳴海先生は言いにくそうに顔を歪めた。教室は更なる事実に喧噪を増す。


 「おれはお前らを信じてる。だが聞かせてくれ、この中にやった奴はいないか?」


 一、二、三、四、五秒。

 沈黙が続いた。
 鳴海先生は「疑って悪ぃな」と言うと、教室を出て行く。「テストは明日だ」と言い残し、その背中が廊下へと消える。

 担任のいなくなった教室は、一気にどっと沸いた。


 「盗まれたって……」
 「えー…せっかく徹夜したのに」
 「明日一日勉強出来るじゃん!」


 そんな中委員長と目が合うと、彼は仕方ないという風に肩を竦めた。

 市川は脱け殻のように呆けており、額を突いても無反応だった。
 今度こそ最期かもしれない。




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あきゅろす。
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