テスト期間
試験は一週間後。
それまではテスト期間と称し、授業は希望者のみの任意制だ。
Sクラス以外は午前中のみ授業が行われ、部活動は活動停止。校内にいる生徒数が減るためか、この時期は風紀委員の仕事が殆ど無いという。
「だからしっかり勉強するといいよ」
第二学年次席のチカ先輩は、抹茶椀を回しながらのんびりと言った。
五月の日差しが穏やかに差し込む迎賓室。
一足早くテスト期間に突入した一般クラスに遅れ、明日からSクラスもテスト期間だ。Sクラスに在籍する多くの生徒は「寮の部屋が集中出来る」とのことで、授業には出ないらしい。
「でも木崎は第一学年の首席だろ? あまり勉強しなくても大丈夫そうだが」
「ありがとうございます」
テストなんて日頃の授業を聴いていれば簡単に解けるものだ。あとは少しの応用力が必要なだけ。
第三学年の首席を美作副会長と毎度競うという桐生先輩は、しばらく出入りが稀薄になる迎賓室を軽く片付けている。
そうか、しばらく桜庭先輩の作る菓子類が食べられないのか。
「晴一は一般クラスだからね。今日も本当は午前中で帰るはずだったのだよ」
「……てめぇが呼びつけたんだろうが」
ならば今日、みっちり食べなくては。
今日のお茶請けはきな粉のロールケーキ。チカ先輩に呼びつけられたという桜庭先輩は、忌々しげにケーキの載った皿をテーブルに叩きつけた。
「桜庭先輩は、一般クラスなんですね」
「やれば出来る子なんだけどねえ」
「お前は俺のオカンか」
「学年末にあるSクラスの編成査定は任意制だからな。晴一はそれを受けないだけだ」
「……面倒くせぇ」
ふわりと軽い食感がきな粉の味に合っている。
上にまぶしたり、クリームに混ぜ込んだりと、きな粉を惜しみ無く使った絶品である。
「………あれ」
はたと僕は思い立つ。
「このロールケーキは美味いな」
「そうか」
「うん。美味しいよ」
「生クリームに黒豆入れるか小豆入れるか迷って、結局普通のにしたんだけど」
「入っててもいいね。僕は黒豆が好いな」
「俺は小豆の方が好きだと思うが」
「甘さは控えめが好いのだよ」
要するに桜庭先輩は頭がよろしくて、勉強が出来るのか。
「……桜庭先輩」
「ぁん?」
「先輩は、そこそこ頭がいいということですか」
「あー……一般クラスのテストなら、直前にノート見れば赤点は絶対ない」
゙テスト勉強をしなくても大丈夫゙なのか。
「………」
「…………」
「…………いい考えだな」
「おい、何急に黙ってんだ?」
他の先輩と視線を合わせると、二人は訳知り顔で頷いた。
考えることは皆同じ。
「気色悪……」
「よし桜庭、明日から毎日、午後はここに来い!」
「はぁ!?」
バァンと扉が開き、相変わらず間の抜ける独特なテンションで環先輩が登場した。先輩は登場が常に派手である。
「はい決定〜」
「いや一応勉強はするから」
「男ならつべこべ言うな!」
「おかしいだろ普通!」
「………木崎」
桐生先輩が指をパチンと鳴らした。ロールケーキの載った皿を机に置く。
「桜庭先輩、僕は桜庭先輩に会いたいです」
「なッ……」
最終奥義、「桜庭先輩は頼られると弱い」。
「桜庭先輩は僕に会いたくないですか?」
「!?」
私利私欲のためならプライドなど要らない。そんなものはトイレに流してしまう、僕はそういう人間である。
「……決まったな」
「嬉しいねえ」
桜庭先輩は迎賓室の真ん中で石化して動かない。
僕はその姿に勝利を確信し、戦友たちと手を取り合った。
ロールケーキが美味い。
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