幕開け
新入生歓迎会の優勝商品「幻のメニュー」は、トマト鍋だった。
「………つーか五月に鍋ってどうなの? 暑くね?」
「そうか。ならば残せ、僕が食べてやる」
「すいません」
ゴールデンウィークも明け、季節は夏。
空調設備が利いた室内でもブレザーを羽織ると蒸し暑く、殆どの生徒が指定のシャツで校内を徘徊している。それは僕と市川も例外ではない。
優勝商品である「幻のメニュー」は、パスポートを提示すれば一年間いつでも食べられる代物らしい。新入生歓迎会から一月ほど経過した今も、学食の隅で赤い鍋をつつく見知った姿があった。
「巷では女性を中心に流行っているらしいな」
「へーえ……チーズ美味いよな、チーズ」
一生チーズを食い続けるがいい。
「つーか学食に人少ないな、最近」
市川が思い出したように言った。
言われてみれば確かに、最近の学食はあまり混雑していないかもしれない。席は簡単に取れるし、メニューは待たずともすぐに出てくる。
「購買を利用する生徒が多いんじゃないか?」
僕は市川がチーズに気を取られている隙に、底に沈んでいた鶏肉を回収した。
「購買?」
「もしくは自炊して弁当持参。教室で食べるんだろう」
社長子息に財閥跡取りが、自炊などするはずもないか。
肉が大量に減ったことを悟られないよう、米を投下した。火力を上げてグツグツと煮込み、リゾットを作る。
「親衛隊とか五月蝿いからなー。みんな教室に避難すんのかな」
市川は呑気にチーズを口に含み、びろんと伸ばした。それを舌で絡め取るようにして食べる。
僕に言わせればお前の親衛隊も煩いのだが、しかしこの馬鹿は何か勘違いしているようだ。
「そもそも、Sクラス以外は午前授業だからな」
「何で?」
「テスト期間」
「え?」
「テスト期間だから寮に帰るか、もしくは教室で勉強してるんだろ」
「……テスト?」
「来週から。前期中間テスト」
「え………」
もうすぐ、入学して最初のテストが行われる。
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