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 ◇


 『こちら桐生。中央校舎を巡回中』


 鬼ごっこ開始から三十分ほどが経過していた。


 『了解。上ノ宮、北校舎二階中央階段で将棋倒しになった生徒を救出中。誰か手伝ってくれないかな』
 『俺行くわ。近ぇし』
 『頼むよ晴一』


 僕の作戦が上手くいったのか定かでないが、西校舎には生徒の姿が殆ど無い。時折ストライプのネクタイをした新入生とすれ違うが、それもやがて少なくなっていく。

 西校舎を一周して、移動しよう。
 今は二階にいる。西校舎は南北に比べて小さいため、軽く見回ることが出来るだろう。


 とりあえず三階へ行こうと方向を転換した。
 その瞬間。


 「ッ!?」


 いきなり後頭部に衝撃を受けた。
 よろめいた足も強く蹴られ、身体が床に向かって大きく傾く。


 「……くっ」


 左手で何とか体勢を整えようとしたが、よほど強く打たれたらしい頭がひどく痛んだ。
 胸から廊下に落ち、間髪入れず両腕を取られ、近くの教室に引き摺られる。


 バタン、と後ろで扉の閉まる音がした。


 「やっぱり近くで見ると綺麗だなー」


 髪を掴まれ、伏せた顔を無理やり上げさせられた。
 ガクンと頭が揺れ、視界がブレた。脳に障害でも残ったらどうしてくれる。


 「結構美人じゃん。俺生徒会よりこっちのが好きかも」
 「やべ、既に勃ってんだけど」
 「こいつきめぇ!」


 下卑た笑いが教室に響いた。

 目線で教室を見渡す。
 立地を踏まえて憶測するに、第二視聴覚室。中にいる生徒は五人。頭を打ったこの状況を打破するには、人数が多すぎる。


 「山田に聞いたんだけど、こいつ強ぇらしいから」


 どう打開しようかと思案していると、一人が笑いながら近づいてきた。


 「押さえとくか」


 手が伸びてくる。

 何故男の僕が、貞操の危機に見舞われなければならないんだ。ぐっと右腕に力を込める。
 それを軸に勢いをつけて、身体を起こした。


 「なッ……!」


 腕をついたまま、近づいてきた男の空いた胴体に、すかさず蹴りを入れる。


 「ぅえ、ッ!」
 「おい、誰かこいつ押さえろ!」


 今度はそれを軸足にして体勢を整えた。先ほど蹴られた足首が痛む。妙な方向に捻ったのかもしれない。
 後ろから伸ばされた手を受け止め、鳩尾に肘鉄を喰らわせた。反動で前にいた男を蹴り飛ばす。


 「ぅわっ!」
 「テメェ!!」


 そのまま回し蹴りを入れようと身体を捻る。
 思いきり動いたためか、また視界がぶれた。どれだけ強く頭を打ったんだ。


 「………くッ」


 堪えきれずよろめくと、


 「重さが足りねぇよなあ」
 「!!」


 ―――しまった。

 最初に蹴りを入れた男の手によって、僕は後ろから羽交い締めにされた。




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