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「イヤーカーフ型トランシーバーだよ」
「イヤーカーフ、ですか?」
どう見ても指輪としか思えない。
まじまじ見ていると、掌からそれが奪われた。チカ先輩が口に挟まった尾を伸ばすと、円は簡単に形を変えた。形状記憶合金で出来ているようだ。
「蛇の目を押したら発信、尻尾を伸ばしたらマイク登場。親機は僕のヘッドフォン」
そう言いながら、数字の9に近い形にそれを曲げ、僕の耳に嵌めた。四六時中付けているヘッドフォンは、トランシーバーの親機だったのか。試しに尾を引いてみると、カシャンという音とともにマイクが伸びてくる。
「新歓が近いからね」
「新歓?」
「新入生歓迎会」
なるほど、略称か。
ありがとうございますと礼を述べ、マイクをしまった。
「委員長は左利きだから左耳用」というので見ると、桐生先輩は左手でトランシーバーを外してみせた。微妙にマイクの方向が違うらしい。
「……自作、ですか?」
「うん。僕ともう一人で作ってるんだよ」
此処に来て、科学の進歩に感動することが多い。
「しかし晴一は素晴らしいな」とチカ先輩は練り切りを頬張った。それについては僕も全面的に同意する。風紀委員会で消化されるお茶請けやバケット、軽食に至るまで、それらは桜庭先輩によって作られているのだ。失礼ながらヤンキーな見た目であるため、更に凄く思えてしまう。この食事のために風紀委員会に入ったのかと責められても、僕は反論出来ない。
科学の進歩も凄まじいが、伝統工芸にも重きを置かなくてはならない。白餡の優しい味に包まれながら、僕はそう思った。
「新歓も近いし、当日の動きを説明をしようか」
桐生先輩はデスクから分厚いプリントの束を取り出した。
おそらく新歓の概要が書かれているのだろう。
「いつなんですか、新歓」
「明後日」
さらりというチカ先輩。
僕は、期日が迫っていることに驚いた。
◇
当日はチカ先輩も含む全員が、校内を巡回する。
「チカ、お前は音を拾いながら巡回。不審な動きがあれば、場所を含む詳細を委員に伝達。音を拾ったら全員、今の持ち場をマイクに向かって告げてくれ。チカには全員の現在位置を確認してから、指示を出してもらう」
「音を拾う」?
桜庭先輩をちらりと見ると、「あれは盗聴器の音拾うヘッドフォンだ」と返された。盗聴器も仕掛けているのか。それも初耳である。
その他、風紀委員同士がなるべく固まらないように、何もなくとも三十分置きに現在位置を告げること。一人で対処しきれない場合は応援を呼ぶこと。
桐生先輩が真面目に言う度に「正直、新入生歓迎会ごときでそんなに大きなトラブルも起きないだろう」と思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「以前宝探しをしたとき、生徒間の妨害で負傷者が出ている」
そんなに素敵な商品だったのだろうか。
「全く、面倒ごとを増やして……」
桐生先輩は忌々しげに、プリントをデスクへと投げ遣った。
桐生先輩を初めとする風紀委員は、生徒会をあまり好ましく思っていないようだ。それもそのはず、風紀委員が処理する問題というのは、基本的に生徒会が絡んでいる。根本に親衛隊管理の不届きや、西園寺会長の暴君振りが存在するのだ。
今回の新入生歓迎会についても、生徒間の混乱が生じた場合の対処については何もしていない、ある意味楽天的な姿勢を、生徒会は取っていた。
生徒会が風紀委員にこう言ったこと、つまり面倒ごとを押しつけるのは、今に始まったことではないらしい。押しつけるというよりはむしろ、「こう言うことは風紀委員がやってくれるよね」という認識。早い話が甘えだった。
「去年の会長は特にひどかったからね。西園寺会長は彼の背を見て育ったのだよ」
チカ先輩は煎餅をかじりながら言った。
この件については、風紀委員も諦めているらしい。
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