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 「楽しそうに見えるよ」
 「おじさんにはね」
 「おじさんじゃなくてお兄さんと呼んでくれないか」
 「おじさん、俺は別に楽しくないよ」


 汗が垂れて、Tシャツでそれを拭った。そのときの俺は、親が迎えに来てくれる友達に、嫉妬していた。忙しなく働き俺を養ってくれる母さんに、どうして自分に構ってくれないのかと不満を募らせていた。


 「そうか。でもな、少年」


 優しい声だった。顔を覚えていない、だからだろうか、声だけは今も鮮明に思い出すことが出来る。
 その人は笑ったような気がした。それは俺が、そうであってほしいと願ったから、なのかもしれないけれど。


 「人間、どんな状況でも"楽しい"と思うことが出来れば、そこが楽しい場所になるんだよ」
 「………分かんないよ俺」
 「大人になったら分かるよ、少年」


 その日の夜、俺は母さんに「黒いおじさんとお話した」と報告する。
 そしてご近所中が、不審者への警戒を強めることになる。

 俺の説明がよくなかった。まず、「知らないおじさん」というだけでも充分怪しいのに、「黒いおじさん」なんて余計に怪しい。「知らない」「黒い」おじさんが、小さい子供に話しかけた。それだけで不審者の要素はばっちりだ。もっと優しそうだったとか、俺に人生を諭してくれたとか、そういうことが言えなかったのだろうかとは思うけれど、それはそれで怖いような気がする。


 バスは、古賀学園の前に停まった。


 東側の門から、寮へ向かう。
 夕飯時だからか、エレベーターは混雑していた。今日何を食べようかと、賑わう生徒で溢れ返っている。
 丁度真ん中あたりに押し込まれた俺は、「二階押してください」と叫んだ。
 すると途端に静まり返るエレベーター。あぁそうか、二階は特待生寮だから、物珍しいのか。

 好奇の視線を一身に浴びながら、逃げるようにしてエレベーターを降りた。


 「市川」
 「よっ、晶」
 「司? 木崎も。どしたの?」


 その先、エレベーターホールには丁度木崎と司が向かい合って立っていた。何やら話の最中らしい。というか、この二人が校外でも親しくしているというのが意外だった。


 「DVDをお貸ししていたんだ。映画の趣味が合うことを最近知って」
 「へぇ。司って映画なんか観るんだ」
 「うっせぇな。ハヤオは特別なんだよ」


 知り合いかよ。

 何やら語り出す司を無視して、部屋に戻ろうと身体の向きを変える。今日は何だか疲れた。早く部屋に戻って何か胃に入れて、シャワーを浴びて寝よう。司なんかに付き合ってられっか。


 「待て市川」
 「何ー?」


 けれど木崎の呼び掛けには応じようと振り返る。


 「今から食堂に行くが、お前も行くか?」


 司と自分を交互に指して告げる木崎。

 疲れてるし。寝たいし。司いらないし。
 けれど一緒がいいな。部屋で頬張る昨日の残りのクロワッサンよりも、隣に誰かがいる食事が美味しいから。

 もう寂しくないよ。


 「ありがと」



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