説得
次の日の昼は、購買で済ませることにした。
天気がいいから、西校舎側裏庭の芝生で昼食を広げる。教室から見える場所にあるここは、ひなたぼっこをしたら気持ちよさそうだと前々から思っていた場所だ。
俺はヤキソバパンとメロンパンと牛乳、木崎は学食名物だという「幻の白パン」を買っていた。何でも一日一個限定のパンらしい。
「木崎、それ美味い?」
「美味しい」
「ちょーだい」
「……一口なら」
ふわっふわのパンをちぎって口に入れると、パン生地に優しい甘さの味付けがされていて、
「何これ! 美味っ!」
それがふわっふわに焼いてあるから、美味いの何の。ハイジが初めて白パンを食べたとき、きっとこんな気持ちだったんだな。お金持ちの学校は、購買のパンですらこんなにも美味いのか。
「きーさきくーん」
アルプス気分を味わっていると、木崎を呼ぶ声がした。見ると、校舎の窓から栗色の髪がひょっこりと身を乗り出している。
「チカ先輩」
「おや、生徒会のイチカワ君?」
「あ、こんにちは」
風紀委員会の上ノ宮先輩だった。
だぼっとした紺色のパーカーと、頭には黄緑色のヘッドフォンを付けている。いつも付けてるけど、あれは何を聴いてるんだろう。
「どうしたんですか」
「ちょっと人手が足りないのだよ。というわけでイチカワ君、キサキ君は貰っていくよ」
「あ、はい」
少し寂しいけど、仕事ならしょうがない。
木崎は立ち上がって白パンをくわえると、窓枠に足を掛け、校舎へと消えた。こういうとき、土足は便利だと思う。最初は驚いたけど、毎日清掃が入っているから廊下は綺麗なままだし、履き替えなくていいから楽だ。
ぽつんと残された俺は、芝生で一人もそもそとヤキソバパンを食べた。
日差しは暖かく、花壇にはチューリップが咲いている。時々風が吹いて、葉がそよそよと揺れた。
あぁ、何かいいな。寮と学園の往復しかしてないから、外に出るのって久しぶりだな……なんてしみじみ思っていると、
「こんにちは、市川君」
隣に影が落ちた。
黒いサラサラの髪は、男にしては長めの肩につくくらい。目は切れ長で、和風美人な感じがする。勿論ここは男子校だから、美人だ何だと言っても相手は男なわけだけれど。
その人は軽くお辞儀をして、俺の隣に座った。
「………こんにちは?」
ネクタイの色が紺だから、学年は第二か。
でも俺は、こんな先輩に見覚えがない。一回見たら忘れなさそうな容姿だから、俺はこの人と話したことはないと思う。
いやでも知り合いだったら………と考えているのに気づいたのか、その先輩は目を細め笑った。
「初めまして。斑目 圭人です」
「まだらめ先輩、」
「はい」
「どこかで会いました、っけ」
「生徒会役員、大倉 悠仁親衛隊の隊長を務めております」
斑目先輩はそう言って、もう一度軽く頭を下げた。
そういえば先週の頭、「新親衛隊発足の書類発行」とやらで生徒会室は慌ただしかった。そのときにちらっと見た、ような気がする。けれど忙しくて、はっきりとは覚えていなかった。
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