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「そ、んな」
母さんも、納得?
振り込まれた金を母さんが使おうとしない理由が、分かったような気がした。けれどあの額は「養育費」というには有り余るほどの費用で、それでも母さんはその金に手を付けていなかったことを思い出し、胸がじくりと痛む。
「とにかく、君の父親は君が成人するまで、君が真っ当な人間になれるよう金銭的にサポートを続けている。………が、現実はこれだ」
男は大袈裟に肩を竦め、床にぺたりと座る俺を見下ろした。
「家はみすぼらしく、息子は最低限の教育も受けていない。おまけに高校にも進学しないとは……幾ら金を与えても、使い道を知らないとこうも違うのか」
明らかな侮蔑の表情。
俺もとうとう黙ってはいられなくなり、スクッと立ち上がった。
「何なんだよあんた……!! いきなりチャイムも鳴らさないで入ってきて、土足で上がって人を散々バカにして………誰なんだよ、何しに来たんだよ!?」
どこの誰かも分からないような人間に、馬鹿にされる筋合いはない。母さんの気持ちを踏みにじる資格なんかない。
思わず手が出そうになって伸びたその腕が、パンと払われた。
「入学証明書だ」
そして差し出される一枚の封筒。
「―――…は、」
「私立古賀学園。君の父親からの推薦状が届いている。学費と生活費も三年分、すでに支払われているから安心するといい。私は古賀学園の理事長、古賀譲二だ」
「………あんたが理事長?」
眉を寄せれば、フンと鼻で嗤われる。
「信用出来ないのならそれでも構わない。けれど入学許可は下りているし、学費も全額先払いされている。父親から君へのプレゼントだ」
「………ッ、嬉しくねぇよ!!」
「結構だ。受け取るか受け取らないかは自由意思。君の父は、もしも君が学園に編入しなかったとしてもそれを知る術がない」
「……金さえ払えばいいってことかよ」
「そう思うのは勝手だ」
そいつは顔を歪め笑うと、踵を返し部屋を後にする。
「入学の意思があるなら一週間後、学園に来なさい。地図は添えてある」
今でも覚えている。黒いトレンチコートの背中が遠ざかって行くのを。
俺はその後ろ姿に既視感を抱いたけれど、それがいつのものだったかは、まるで思い出せなかった。
◆
「市川?」
聞こえのいいその声に顔を上げると、周りの喧騒が耳に届いた。
随分ボーっとしてたらしい。授業はいつの間にか終了していて、時計を見ればもう昼休みだった。
「あ! え、何!? 木崎」
「………いや、あほ面下げてぼんやりしていたから、呼んでみただけだ」
「あほ面!?」
「口が半開きだった」
「ぎゃあああ!!!」
もうやだ。最低。ていうか声掛けてよ。
はぁ、と深くため息を吐くと、「学食行くぞ」とカードキーをちらつかせる。俺も慌てて席を立った。
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