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契約
 
 
 寮は特待生専用の階だけが校舎と繋がっているらしく、外に出なくても部屋にたどり着くことが出来た。
 特待生専用寮は部屋が広かったり、専用の学食があったり、とにかく特別待遇されまくっているらしい。パンフ・談。


 「……何これ」


 ホテルかよ!ってくらいに広い、寮の部屋。いや、中学のとき修学旅行で泊まったホテルよりは明らかに広い。一人部屋なのに。

 まずリビングダイニングがあって、その他にベッドルームまである。もちろん家具付き。
 テレビは地デジ対応。うわ、有料チャンネルまで観れる。
 パソコンにブルーレイ、クーラーに床暖に食器洗い機まで!


 何ここ。本当に学生寮?


 呆然としていると、ポケットに突っ込んでた携帯が震えた。
 やべ、携帯チェックすんの忘れてた。


 「はいもしもし!」


 画面も見ないで慌てて出ると、


 『晶ぁ〜〜〜!!』


 あまりにデカイ声に、鼓膜がやられそうになった。
 咄嗟に距離を置いて画面を確認すると、そこには友達の名前が光っている。


 『メール返ってこねーから心配してたんだぞ!』
 「ごめん佑介! ちょっと色々あって」


 中学の頃からの友達、佑介からの電話だった。
 佑介は電話の向こうで「心配した」だの「さらわれたかと思った」だの言っている。いや、それはねーよ。


 『学校どうだー?』
 「あー……何かすげぇわ」


 広いし。王子様いるし。
 「何か凄い」としか言い様がない。


 『晶、……司さんに会った?』


 思い出すだけでぐったりと疲れた。今日はシャワーを浴びて寝よう。明日は入学式だ。
 洗面所に向かうと、鏡には見慣れない自分が映っていた。

 顔を隠すようにセットされた黒い髪。
 分厚いレンズのビン底眼鏡。


 「会ってねぇよ」


 会ってたまるか。
 全部、アイツに気付かれないための変装なんだから。


 早々と電話を切り上げ、シャワーを浴びることにした。頭がベタベタしてるし、何だか重い。あんまり言いたくないけど、何となく脂ぎってるようにも見えたからだ。

 シャワーの温度調節をしてスイッチを入れると、お湯が吹き出した。湯気が視界を曇らせ、慌てて眼鏡を外す。


 「うわ、黒っ!」


 真っ先に頭にお湯を掛けると、頭を伝って変色したシャワーのお湯が、排水口に流れていった。
 何となくまだスプレーが残ってる気がして、ガシガシ頭を擦った。指通りの悪さと、ギシギシという音にショックを受ける。


 「痛むよなぁ………髪」


 もう既に、地毛の色が変わるくらい傷んでるというのに。
 つーかスプレー代が高くつく。ヅラ買った方が安いんじゃないか?

 ―――古賀学園に入学が決まった後のことを思い出す。

 『古賀……学園?』
 『おぅ! 授業料タダでメシもタダ!』
 『もしかして山ん中にある全寮制の……?』
 『んぁ? 多分。こっからも近いらしーから、いつでも帰ってくるぜ!』

 頭から流れ落ちる水がようやく透明になった。
 シャワールームの鏡に、染めすぎて色素の抜けた金色の髪が映る。


 『バカお前……そこ、司さんが通ってる学校だよ!』
 『は!? あいつ高校生なのか!?』
 『……古賀学園にいるらしいぜ』
 『うっそ……意味ねーじゃん』
 『とりあえず変装しろ!な!』


 絶対会いたくない。
 アイツに付きまとわれる学校生活なんて御免だ。


 『月兎、俺は――…』


 シャワールームから出ると、すっかり陽が暮れていた。
 山の中は星が綺麗だ。街灯もネオンサインもない。

 今夜は新月。


 「………絶対逃げ切ってやる」




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