--03
大倉先輩はしかし、無垢な仔犬のように俺を見つめている。自分がどんなNGワードを発したのか、気づいていないようだ。細い眼の奥の瞳は、きらきらと輝いている。
………くっ、責められない。
「特待?」
「うん。満点だったんだよぉ」
「いや、それは俺じゃなくてもう一人の、」
思わず口が滑った。
はっとして今更噤んでも、もう遅い。
王子様は少し考えるような仕草をし、そして俺の顔と襟元にちらちらと視線を送る。襟元にはスプレーの黒が染みついてしまっている。あぁ、ブレザーって予備あったっけ………クローゼットの奥にあったような気がするな、と思考は遠くへ遠くへと俺を導く。
「あぁ、変装してたんだね」
王子様はニコリと、―――腹黒い方の笑顔で、笑った。
「………そうです変装してました。先輩と会ったときは黒髪眼鏡のオタクルックでした」
もうヤケだ、と自嘲するように吐き捨てた。
あんな大勢の前で変装がバレたし、そもそもの目的である司にもバレたし。それならもう、変装する意味なんてない。ヅラを買いに行くまでもなかったな、短かった俺の変装生活。
「まぁ、何でそんな勿体ない変装をしていたのかは知らないけど」
「わ、っ」
ふわりと頭の上に何かが乗って、反射的に目を瞑った。
そのままわしゃわしゃと頭をかき混ぜられる。「え、えっ」慌てる俺に、「濡れたまま放っておいたら風邪引くよ」とクスクス笑う王子様。こんなことされたことがないから、慣れない。くすぐったい。顔が熱くなる。
「や、だ、大丈夫です」
「髪色もこっちの方が似合うね」
「え、あの、」
「触んな」
パシン、と乾いた音が生徒会室に響いた。
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