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 「………おい、離せよ」


 分かった、もういいよ俺が月兎だよ。
 そこは認めてやろう。だからこの腕を離してほしい。何故なら周りが五月蠅いからだ。「イヤァアアア!!」と断末魔を残して気絶するやつらの姿を、俺は黙って見過ごすわけにはいかない。


 「離せッ、ての!」
 「―――…かった」
 「はぁ? とりあえず皆見てんだよ、離せって―――」


 言葉は続けられなかった。


 「会いたかった。月兎、会いたかった」


 司が聞き取れないくらいの声で繰り返す言葉が。
 何度も繰り返すその声が熱を持ってて。小さい子供みたいに頼りなくて。

 どうしよう。
 拒めない。


 「つ………司、」


 背中に手を回し、あやすようにポンポンと叩く。すると俺を抱きしめる腕の力が少し緩んだような気がした。


 「とりあえず離せって。俺ここにいるから、な」


 何言ってんだか、俺は。
 司から逃げるために変装までしてたって言うのに。

 でも、放っておけなかった。
 さみしさとか、そういう、この俺様に似合わないような感情が、流れ込んでくることに気付いてしまったから。冷たくあしらうことが出来なくて。


 「逃げないから。離し――…」
 「はぁい、つーくんストップぅ〜!」
 「い゛ッ!?」


 そのとき。
 甲高い声が聞こえたかと思うと、司の身体が食堂の床にダイブした。俺の身体も解放され、ブレザーの濃いグレー一色に覆われていた視界が晴れる。

 何が起こったのか。


 「………てめぇ、響」
 「ご飯食べるとこで騒いだらダメだよぉ?」


 響、と呼ばれたその人は、こてんと首を傾げ可愛らしく言った。どうやらこの人が、司を吹っ飛ばしたらしい。
 くりっくりの大きなたれ目。頬はピンクで、唇は赤。身長も高校生男子にしては低くて、普通なら「キモイ」と一蹴されるだろう「こてんと首を傾げ」る動作も自然と決まる。

 ここは男子校だよな、うん。
 俺はここ数日の出来事で、思わず確認せずにはいられなかった。


 「騒いでねえよ。超静か」
 「うぅーん、今は確かに静かなんだけどぉ」


 唇に人差し指を当て、学食を見渡すその人。
 つられて辺りを見れば、大勢の生徒がいるはずなのに、恐ろしいくらいに静かだ。生徒も先生も、厨房にいるおじさんまで静かだった。


 「あ、あの」


 逃げていいですか。
 そんな気持ちを込めて口を開くと、くりっと大きな二つの眼が俺を捉えた。うっ、可愛い。いや待て、この人は男だ。俺と同じブツが付いている。


 「じゃ、行こっか!」
 「え?」


 ぼけっと見惚れていると、突然がしっと腕を掴まれた。


 「………え゛」
 「生徒会室っ!」


 俺を見上げるその笑顔は本当に可愛らしくて。


 「いざ行かん〜!」
 「……え、ぅわっ!?」
 「ふざけんな響!!!」


 反応の遅れた俺は、そのまま生徒会室まで拉致された。





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