--06
全体が薄いグレーがかった色合いの携帯電話。
拾い上げて見れば、画面には亀裂が入っていた。よっぽど強く落としたんだろう。
「懐かしくね? この携帯」
いつのだっけ、と俺の肩に顎を乗せ、手にする携帯電話を覗き込む司。
「……三年前」
当時流行っていたこの機種は、俺もテレビのCMや携帯ショップの店頭で見かけたことがある。お洒落で格好いいな、と
印象に残っていた。
けど、それだけじゃない。
「お前詳し、」
「この携帯木崎のだ」
覚えてる。そんな古い携帯使ってるなんて珍しいな、と言ったとき、木崎は「三年前の機種だ」と答えた。そんな古い
携帯を使ってる人なんて、そうそういない。他にいたとして、その携帯がこんな路地裏に転がっていることなんて、ない。
画面は真っ暗だ。
電源ボタンを押す。何度押しても点かない。充電が切れたんだろうかと思ったとき、肩越しに伸びてきた司の手が、俺の手にする携帯をひっくり返す。
「……電池パック抜かれてんじゃねぇか」
カバーが外れ、内装がむき出しになっている。長方形に空いたその場所から、入っているはずの電池パックは抜き取られていた。
さっと血の気が引くのが分かった。
◆
「眼鏡屋がここでしょー? で、右行ってー?」
「………ここの交差点で、右です。で、真っ直ぐ進んで十字路一個通り過ぎて……あ、行き過ぎ」
「んー……この辺?」
「あ、はい。多分」
「ここね」、赤峰さんは油性ペンの蓋を開け、キュッとそこに印を描く。
倉庫の床に地図を敷き、歩いた道を指で辿る。印は、"scopion"の襲撃があった箇所に付いている。
携帯が落ちていた場所を、木崎が襲われた場所だと仮定した。あんなにも音が響く路地で、携帯を落としたことに気づかないなんてことはないだろう。だとすればあの路地裏に携帯が落ちていたのは、誰かが故意に落としたという理由を除いて、拾うことが出来ない状況に在ったと考えるのが妥当だ。
そもそも木崎が"scopion"に襲撃されたということ自体がまだ確定事項ではないけれど、俺はそう思い始めていた。携帯をポケットから落としたところで、本体にあんな亀裂は入らない。よほど強く弾き飛ばされたのだろう。木崎と連絡が取れなくなってから、丸一日が経過していた。
「てか多分って何ー? そんな証言じゃ困るんだけど」
向かい合って地べたに屈む赤峰さんは、唇を尖らせる。端正な顔立ちで、中性的な印象だ。どうして俺の周りには美形が多いんだろうか、と俺は現実逃避した。
「えっと……正確にはこのポイントじゃない、ってことです」
「え?」
「あの、司が……携帯、蹴り飛ばしちゃって」
だから、微々たる差ではあるけれど、印の付いている場所は「携帯を拾った」場所であって、「携帯の落ちていた」場所ではない。それを伝えると、赤峰さんは「えー」と露骨に嫌そうな顔をした。
「何やってんの司」
「知るか」
本当ね。
赤峰さんは再びペンを手に取ると、ふんふーんと鼻歌まじりに倉庫の床に何か書き出した。コンクリートが凸凹していて書きにくいのだろう、線が少し歪んでいる。
「……楽しそうだな」
「んー? だって黒崎も来てくんないし、晴一も来ないし? 実際暇なんだよー」
ほら社長とか校長先生って暇そうじゃん?と呑気に言う赤峰さん。その例えは少しずれてると思います。
「そーだ、司が"Rouge"に入ればいーじゃん」
「断る」
「えー? 俺も暇じゃなくなるし? "Rouge"ももっと盛り上がるし? いいことずくめだよぉ」
「俺にメリットねぇだろ」
赤峰さんの笑顔をバッサリと切る司。
「お前誘われなかったわけじゃないんだ」
「失礼すぎんだろ」
晴一さんがチームに所属してるのに司が入ってないのは、単純に誘われなかっただけだと思っていた。来る者拒まず去る者追わず、な"Noir"と違って、"Rouge"は完全なるスカウト制だから。
「俺が死にでもしたら、姉貴に殺される」
エレナさんを思い起こしたのか、司は苦笑した。否定出来ないのが恐ろしい。まぁ、何だかんだ言いつつエレナさんは司のこと好きだから、最終的には泣いてくれそうだけど。殴られもしそうだよね。
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