--05
「お前何か木崎に似てきたな」
棒を持ちずんずん歩く俺に、司はどこかげんなりとした風に言った。
「え?」
「適当っつーか突拍子無いっつーか」
「そっかな」
いつも一緒にいるから、似てきたんだろうか。飼い主と犬みたいだな。いや、それは見た目だから、今回のケースとは違うか。ともかく、嬉しいような嬉しくないような、複雑な気分だ。
「でもいくら木崎でも、棒倒して道選んだりはしないんじゃないか」
十字路に差し掛かり、青信号を渡る前に足を止めた。通行人はまばらだけれど、迷惑そうな顔で俺たちを避けるサラリーマンを見、慌てて道の端に移動する。
棒を倒す。右。大通りから一本、外れた道へ。
「………いや」
「?」
「あいつならさっきの鳩生け捕りにして、背中に『迷子を捜しています』の張り紙して一斉に飛ばすくらいのことはする」
「いやいやいやいや」
さすがにそれはないだろ。
「あいつら実際滅茶苦茶だぞ。風紀に書類作らせても、糞真面目に『勘』とか『占い』とか書きやがる。俺がどんだけ手直ししてるか……」
会長、意外と苦労してたんですね。
風紀委員会から提出される書類の最終チェックは、会長である司か副会長の紫先輩だ。受け取ることはあっても、俺が風紀の書類に目を通すことはほとんどない。
最終的に理事会にまで提出する書類に、「占い」とは書けないよなあ、さすがに。多分本気なんだろうな、と思えるからこそ何とも言えない。
「次どっち」
「左」
車通りの少ない道路を渡って、中道へ。幅が狭く、二人並んであるくのがやっとだ。壁にはスプレーの落書きがされている。
再び十字路に差し掛かる。左右に伸びる道の幅は、更に狭い。左を見ると、視線の先を乗用車が横切って行く。どうやら棒が左に倒れると、大通りに戻ってしまうらしい。
「…………」
「………この方法止めね?」
案の定というか何というか、棒は左側に倒れ、俺たちは再び大通りに戻って来てしまった。直線距離で考えて、さっきの眼鏡店から信号一つ分しか進んでいないことになる。
「だって他の方法ねぇじゃん!」
「無駄に動いても意味ねぇだろ」
「じゃあ他に何かあるのかよ!」
「無い。だから考える」
冷静且つご尤もな司の意見に、渋々同意した。
曲がり角に合わせてカーブした、白いガードレールに腰掛ける。ポケットの中から携帯を取り出した。午前八時半。やっぱりというか何というか、木崎からの連絡はない。
背中を車が通り過ぎ、フードが外れそうになり慌てて手で押さえた。
「あ」
その拍子に、手に持っていた棒を落としてしまう。先をコンクリートの地面に付けていた棒はふらふらと揺れ、ぱたんと倒れた。
「そっち! そっち行く!」
「おい」
「司は別行動すれば? 俺は他に思いつかないから」
だって俺は馬鹿だし、現状で効率のいい方法なんて思いつかない。だったらやみくもに、木崎に関係する何かを探し回るしかない。
棒は、さっきまで歩いてきた細い道を指していた。つまり引き返すということだ。さっきの十字路で別の道を選ぶことが出来れば、行動範囲も広がるだろう。
「……あー、分かったから」
そんなに不満ならついて来なくてもいいのに、と思いつつ、一人でいるのも物悲しい俺は背後の司を放っておくことにした。
この縦に長く伸びる道は、両側にコンクリート造りのビルが建っている。道というには細すぎて、車なんて到底通れない。本来であればもっと悠々通れただろうその道は、ゴミ箱が脇に置いてあり(にも関わらずゴミが捨ててある)更に通行が困難になっている。
先ほどの十字路で、棒は更に前へと倒れる。危ない、ここで右または後ろに倒れたら格好付かないところだった。
パリ、と音がした。どうやらゴミを踏んづけてしまったらしい。透明のそれは、おそらくコンビニ弁当の蓋だろう。
「……ゴミ箱あんだからそこに捨てろよ」
同じことを思っていたらしい司が、ゴミを捨てたその人間に対するコメントを呟く。多分その呟きは、どこかの誰かには届かないんじゃないかな。
カン、と空き缶を蹴る音が路地に響いた。ゴミを避けて歩くことを諦めた司が、ゴミを蹴散らしながら歩いているらしい。背後の気配を感じながら、それが何の音か聞き分けが付くようになってしまった。カン(空き缶を蹴る音)、ゴン(空き缶がゴミ箱に当たる音)、くしゃ(ビニール袋を踏む音)。ふと空を見上げた。両側にそびえたつビルは高い。今日はよく晴れている。
不意に、カコン、と聞き慣れない音がした。
「何蹴ったんだよ」
それは俺の足の間を通り抜け、道の先へ転がっていく。回転しながら地面をスライドするそれは、
「………携帯?」
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