イレギュラー
つ、と体温で少しぬるくなった水が頭皮を伝う。
その感触に、ぶるりと肌が震えた。
◆
屋上で襲われかけたところを助けられたことがきっかけで、俺と同じ外部編入生・木崎 龍馬と仲良くなったのは昨日のことだ。
木崎は冷徹で非道に思えるけれど、実は凄く優しい。言葉は抑揚がなくて、表情は動きに乏しい。けれど俺のことを考えてくれている、というのが伝わってくる。
平凡な家柄を蔑まれ、同じ男に襲われかけ。入学早々へこたれていた俺に、木崎は言葉をくれた。それは傍目には冷たい態度だったかもしれないけれど、俺には充分すぎるくらいに優しさだった。
そう、木崎は優しい。
俺が変装していることを知っても、それを質問したりもせず、何事もなかったかのように接してくれた。根掘り葉掘り聞かれるよりも、そういう態度が俺には嬉しかった。
変装の理由は、いつか話そう。「見つかるのが怖くて髪色隠してます」なんて言ったら、呆れられるかもしれない。けれど、話す。だって俺たちは友達で、これからもっと仲良くなりたいと思っているから。
「おまっ………月兎!?」
「キャアアアアア!!」
「何あれ!オタクじゃなかったの!?」
一瞬で周りの音が戻ってきた。
はっと我に返る。ここは学園内の食堂で、今は昼休み。俺は木崎に誘われて、一緒に飯を食っていた。
「あれ誰!?」
「一年の特待生でしょ?」
「待って、あんな顔してたの!?」
女の子みたいな可愛い顔の生徒が、物凄い形相で俺を見ている。
顔? 俺は変装のために、分厚いビン底眼鏡を掛けている。顔なんてそれと重苦しい髪の毛に隠れて見えないはずだ。
「―――…月兎!」
今一つ頭の働かない俺の肩を、後ろからぐっと掴む手がある。
「つ、かさ」
一度聞いたら忘れない。
振り向かなくても分かるその声に、俺は身体を強張らせた。
バレた。変装しているのに。
何で? お前そんな動物並みの勘持ってるの?
だって俺は"月兎"のトレードマークである髪を黒いスプレーで染めて、顔はビン底の眼鏡で隠して。
ふと、目元が軽くなっていることに気づき、俺はぺたぺたと顔を触った。
眼鏡が、ない。
しかも肌が濡れている。指で掬って見れば、真っ黒の水滴がそこにはあった。
変装、解けてる。
「いやこれはその、」
「――――会いたかった」
「は? ちょ、」
この期に及んでしらばっくれようと考える俺の、腕が物凄い力で引っ張られる。
「痛ッ……な、」
抗えずにつられて立ち上がる。
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