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 「どこか寄って来るとか、何時頃引き取りに来るとか、何か言ってましたか」
 「いえ、特別に何も……ねぇ」
 「うん、別に何も言ってなかったと思うけど……」


 本当に何かあったんですか? と巻き髪の店員さんが不安げに訊ねる。「いえ、大丈夫です」、晴一さんはケースに入った眼鏡をポケットにしまうと、礼を言い店を出てしまった。数秒遅れて司が、それに続いて俺が後を追う。

 大通りは相変わらず人がひしめき合っている。けれどもう少しすれば人もまばらになる。道を一本でも外れれば、この街の夜の顔が忍び寄って来る。走った拍子に脱げかけたフードを深く被った。


 「あの、」
 「もう陽も暮れてるし、今日は龍馬じゃなくて"scopion"を探す」


 晴一さんは眼鏡を入れたのとは逆のポケットから、折りたたまれて小さくなった紙を取り出した。開いていくと、それがこの街の地図であることが分かった。駅前で配っている、旅行客向けの地図だ。


 「何でこんなん持ってんだよ」
 「赤峰さんがポケットにねじ込んできたんだよ」
 「いらねぇだろ今更」
 「印が付いてるの、見えるか」


 晴一さんの手から、司がその紙を受け取る。俺も隣から覗き込むと、街灯に照らされ赤い丸が地図上に点々と付いているのが分かった。右斜め上から左斜め下に掛かって、等間隔に付けられている。


 「何ですか?この印」
 「"scopion"が"Noir"と"Rouge"のメンバーを襲撃した場所だ」
 「……こんな」


 こんなに数が多いなんて。
 ざっと見、十はある。俺の心情に気づいた晴一さんが、「最近になって急に増えた」と苦々しげに言った。


 「佐原が"scopion"に戻って来てからだ。これまではどこかに隠れてたみたいだけどな、最近になってこの街に戻って来るなり、これだ」


 その地図はどうやら赤峰さんが作成したらしい。「Rouge機密書類」と地図の中心に雑な字で書かれている。
 印が付いているのは、主に大通りを外れた路地裏だ。まぁ、人気の多い繁華街で襲撃するほど、"scopion"も強気ではないだろう。それ以外に特別な共通点もなく、その共通点も「路地裏」という当たり前というか、だからどうというものでもない。


 「時間は?」
 「……昼夜バラバラだ」
 「バラけすぎだろ。参考になんねぇ」


 司が地図を押し返すと、晴一さんは表情を険しくさせた。


 「どこに目星を付けりゃいいか分かんねぇ、って参考にはなるだろ」


 それは、本人も分かっていたんだろう。
 気が遠くなりそうだった。大都市というわけではないけれど、この街も狭くない。廃ビルや郊外も含めたら、一件一件しらみつぶしに探していくのは至難の業だ。何か手掛かりでもあればいいけれど、この時間じゃ聞き込みも出来ない。一刻も早く見つけなきゃと、そう思っているのに。


 「……焦っても仕方ない。とりあえず、"scopion"のメンバーを探して吐かせるしかない」


 それは、晴一さんが自分に言い聞かせているようでもあった。
 「とりあえず俺は北側行く」。言い残すと、地図をぐしゃりとポケットに突っ込み踵を返す。てっきり三人で行動すると思っていた俺にとっては不意打ちで、「え」と気の抜けた声を上げ固まってしまう。

 聞きそびれた、と気づいたのは、晴一さんの背中が随分遠くへ行ってしまってからだった。


 「お前、何か知ってる?」


 司も同じだったんだろう。捌け過ぎたその表現が、何を指しているか確認する必要もない。晴一さんは、木崎を別の名字で呼んだ。


 「……知らない」


 偽名? それなら、何で晴一さんがそれを知ってるの。


 「………行くぞ」


 考えてもきりがない。とにかく木崎を探すことが最優先だ。
 疑問符を無理やり振り切って、俺たちも"scopion"を探しに闇に溶けていく。

 その日、収穫はなかった。


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