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倉庫には赤峰さんと晴一さん、司とそして俺が残った。
好きにしろ、なんて言っても、"Noir"のメンバーは黒崎さん至上主義だからなあ。その命令に従うならば、イコール黒崎さんに従うということになるだろう。皆黒崎さんについて行き、残ったのは俺たちだけという事の次第だ。
"blanc"も"Noir"も、それぞれ自分の選択を信じて行ってしまった。
何が正しい? どれを選択するのが最善だろう?
前の俺なら、そんなこと考えたりはしなかった。自分にとっての最善を、正しさを、すぐに選び取ることが出来た。けれど今は、木崎がいる、委員長がいる、黒崎さんがいる、赤峰さんがいる。
――赤峰さんは?
「晴一」
「何すか」
「"Rouge"は俺のものだよ」
後ろで括った赤い髪を指に絡ませ、歌うように呟く。
「俺がいなきゃ成り立たない。黒崎みたく前線に出るのも嫌いじゃない、でも俺がいなきゃ"Rouge"は終わるんだ」
チームの在り方として、"Noir"と違うところ。それは、総長がチームに参加しないところだ。実質取り仕切っているのは晴一さんとも言える、それが"Rouge"というチーム。どうしてなんだろう、と思ったことは過去にもあった。その理由を、俺は知る。
「"blanc"はチームそのものが少人数だ。限られた手駒で王様を隠すのがあいつのやり方。"Noir"は王が自ら攻めに行く、だとしたら"Rouge"はチェスゲームだよ。王様は動けない」
だからさ晴一、と赤峰さんは手にした赤色の何かを放って寄越した。パシ、と音がし、晴一さんの手に収まったのは携帯電話だった。覗き込めば、画面には「通話中」の文字が光っている。
「待機はさせてたんだ。赤のメンバーも、俺も、晴一のことは信用してるよ」
「………私情で使う気は、」
「いーじゃん別に。もっと楽に考えれば? こいつらだって好きで俺を慕ってるんだから」
『そーっすよ晴一さん!』
電話口から大声がし、肩が跳ねた。
『白のやり方も黒のやり方も、"Rouge"には合わないっすよ!』
『"月兎"のファンは"Rouge"にもいるんです! 白に任せるわけにはいかないですよ!』
『今度こそ潰しちゃっていいんですよね』
口々にわぁわぁ騒ぎ立てるから、何を言っているか分からない。只、俺の名前が出たときに、司が若干不機嫌になったのは分かった。いや、いいじゃん。愛される俺を愛せよお前。
晴一さんは赤峰さんをチラリと見遣る。「どーせ俺はギリギリまで動かないから。好きにしちゃってー」、他人事のようだ。けれどそれは、チームのことを考えての決断だということを知った。辛いだろうな。動きたいときに動けないのは。そうやって、ルイさんを失ったのかもしれない。
大事なものを護る。
そのために皆、選ぶんだ。
「白薙と佐原、両方狩る。時間がない、とにかく"scopion"のメンバーを探して、居場所を吐かせろ」
そのために捨てるものもあると知っていても。
「黒崎より早く、だ」
ピ、と音がし、それが通話終了の合図だと知る。晴一さんが携帯を放ると、赤峰さんは「ナイスパース」と悠々キャッチする。
「さーすが。惚れそー」
「……阿呆なこと言わんといてくれますか。赤峰さん、蠍の狙いはあんただ。くれぐれも、」
「正しくは俺と黒崎、ね。そんなホイホイ出向いたりしないよ。多分俺、殺されちゃう」
強さに憧れた。
大事なものを選ぶ、その代償に何かを失うということ。それを受け入れることが出来るということ。
そして、すべてを選び取るということ。それを実行することが出来るということ。
どちらも強さだと、俺は思う。前者が心の強さなら、後者はその人の力の強さだ。俺はどっちも持ち合わせていない。少し前の自分が恥ずかしかった。俺が何を選べばいいのかと考えて動けなくなっているうちに、すべてを取り零さないという道をあっさりと選んでしまうなんて。
「晴一さん、木崎は……」
ふと思い返す。
晴一さんは、"Rouge"のメンバーに"月兎"のことを言うことはなかった。あの様子だと電話越しのメンバーは、捕まった"月兎"が実は俺じゃない、ということまでは知らなさそうではあったけれど。
「"月兎"は俺が取り返す」
「え」
「赤の連中に任せてみろ、傷でも付いたら洒落になんねぇ」
チッ、と舌打ちをし、晴一さんは唸った。
"Rouge"は乱暴というか後先考えず暴れまくるというか、"Noir"よりも派手にやるチームだからなあ。
「傷って大袈裟だろ」
過保護すぎ、と司は苦笑する。いや、お前も充分過保護だと思うよ、俺に言わせれば。
こんなことは言いたくないけど、でも確かに、傷の一つや二つで木崎が無事帰って来るなら、それはむしろ幸運だと思う。"scopion"と関わったこともなければ、どうやら総長らしい佐原と会ったこともない。けれど話だけ聞けば、怪我くらいじゃ済まされない気がするんだ。
晴一さんは何故か俺と司を交互に見、「行くぞ」と倉庫の扉へと向かう。どうやら俺は今回"Rouge"のメンバーとして行動することになったらしい。
「月兎ー、フード被ってー」と背中から赤峰さんの声がする。そこで気づいた、フードで顔を隠さなければいけない理由。"月兎"が捕まっている以上、"月兎"が街を歩くことは本来ありえないんだ。そして司と晴一さんが、俺を寮から出そうとしなかった理由も、そこにあると気づく。
顔を伏せていたから、聞き取りにくかった。だから聞き間違いかもしれない。けれど俺には、晴一さんの声が聞こえたような気がした。
「あの理事長のことだからな。それくらいが丁度いい」
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