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--03

 「北斗」
 「何?」
 「確かに月兎は無事だ。けれど、一般人が月兎の代わりに捕まっている可能性がある」
 「木崎だよ、委員長」


 黒崎さんの言葉に重ねて言うと、委員長は「へぇ」と言葉を返す。その他人事のような調子に、カッと頭に血が昇るのが分かった。


 「木崎が? そう、赤の犬が躍起になるのも分かる気が―――」
 「委員長!」


 勢いで発した声が、彼自らの身を護る形となる。

 俺の声と、赤峰さんが委員長の喉に喰らいつくのはほぼ同時だった。目にも止まらぬ速さ、とはこのことを言うんだろう。倉庫内に数多いる"Noir"のメンバー、"blanc"両名、そして司と俺も、誰一人として動けなかった。
 赤峰さんの骨ばった手が、委員長の頸椎を絞める。


 「ペット飼った覚え、ないんだけどな」
 「………冗談だよ」


 赤峰さんの笑みに、委員長は同じく笑みで返す。二人とも目の奥は笑っていない、そんなところまで同じ笑みで以て。
 赤峰さんは委員長の首から手を離すと、「そ。ごめんねー、冗談通じなくって」とニッコリ笑う。「ボス」「総長」、"blanc"の二人に睨まれても、赤峰さんは首を竦めるのみだった。

 ハッ、と息を吐き、委員長は前屈した体制を整える。


 「……利害が一致しない以上、"blanc"は単独で動くよ。蠍を仕留めるのは白だ」
 「北斗!」
 「黒崎、あなたのやり方がきっと堅実だ。佐原を警察に突き出し、木崎を無傷で解放する。平和的解決策だ。でも相手は毒蠍だよ。正攻法じゃうまくいかない、毒には毒をもって制す」


 委員長―――いや、"blanc"総長、白薙 北斗。
 彼と黒崎さん、そして赤峰さん。仲のいい間柄に見えた。勿論悪くはないのだろう、けれど三人の関係は「仲のいい」で収まるものでないと、俺は気づき始めていた。

 実姉を夜の街に奪われた北斗。
 恋人を"scopion"に殺された黒崎さん。

 それぞれの視点から見えるルイさんという存在は、きっと違うんだろう。北斗の闇は、どこまで深いんだろう。

 苗字で呼ばれることを嫌っていた。


 「そんな甘いことを言うから、あの日姉さんは死んだんだろ」


 脇に立つ二人に視線を寄越すと、二人はそれに従い北斗に続く。入谷先輩は迷いのない様子で、スキンヘッドの人はこちらに一礼して。
 シャッターの扉が、ガランと大きな音を立てた。


 静かだった。


 「………黒は、佐原だけを追ってきたわけじゃない」


 ぽつり、と黒崎さんの口から漏れる呟き。


 「瑠衣の遺志を継いでここまで来た。佐原を仕留めるのは、瑠衣はきっと望まない」


 「まぁそーだろーねー」、赤峰さんが間の抜けた声を挟む。


 「"scopion"の狙いは俺と赤峰、お前だ」
 「知ってるよーん」
 「俺たちを引きずり下ろすことが目的なら、蠍自ら尾を立ってくれればいいものを」
 「いきなり好青年になるっての? 逆に怖いんだけど」
 「………、"scopion"は、襲撃した"Noir"の人間に巣の在り処を伝えては来なかった。俺たちが佐原の居場所を突き止めに来い、ということだ」
 「意味分かんないんだけど」
 「俺が警察に通報するところまで見越しているんだろうな。正解だ、佐原の居場所が分かれば、俺は即刻警察に連絡するだろう。法的措置が最も最善だ。だから佐原は身を隠した」
 「つんでれー?」
 「ふざけるな。………いや、佐原はふざけているのだろうな。遊んでいる」


 黒崎さんは言うと静かに目を閉じた。
 倉庫内の"Noir"メンバー全員が、彼の采配を待っている。

 ごくり、と唾を呑む音が聞こえたような気がした。


 「佐原の居場所を突き止め、月兎を保護する。白も止める。瑠衣の願いは、"Noir"の願いだ。強制はしない、賛同する人間がついてくればいい」


 その先に見える人は同じ。
 けれど黒崎さんは、やっぱり北斗とは違うやり方を選んだ。


 「月兎」


 黒色の瞳が向けられる。「はいっ」と背筋が伸びた。黒崎さんの眼がスッと細まる。そんな場合じゃないと思いながらも、よかった、と安心する。俺がここに来て初めて、黒崎さんの笑った顔を見た。


 「北斗に注意しろよ。あいつは瑠衣が絡むと手のつけようがない。いざとなればお前の友達も見殺しにする」
 「………え?」
 「友達にナイフを突き付けられて二者択一を迫られたところで、佐原に向かっていくようなやつだ。北斗より先に佐原の居場所を探せ」
 「そんな……木崎は委員長の友達でもあるんですよ!」
 「それよりも、あいつは瑠衣を優先する。瑠衣を想う自分自身を、な。それを止める瑠衣だって、今はいない。あいつが佐原の居場所を突き止めたとき、対峙するのは今回が初めてということになる。あいつの行動は予測できない」
 「嘘……」


 そんな、まさか。

 ぐるぐると頭が混乱する。木崎が死ぬ? 委員長が? "scopion"が?
 ……俺が?

 ぐわん、と大きく脳が揺さぶられた。情けなく目を左右させる、そんな俺の頭にポンと温かい感触。


 「そんな顔するな。黒は、"月兎"の味方だ」


 いつの間にか近くに来ていた黒崎さんが、俺の頭を撫でる。優しいその笑顔に、ぐちゃぐちゃになっていた脳内が少しだけ落ち着いたような気がした。
 兄弟のいない俺にとって、黒崎さんは兄貴のような存在だ。その優しさが嬉しくてへにゃりと笑みを零すと、


 「わ、むっ」


 強引に身体を後ろに引かれ、視界が真っ暗になる。微かに覗く光から、掌で顔を隠されているのだと分かった。


 「おい触ってんじゃねぇよオッサン」
 「オッサンって……相変わらずだな、司」
 「うっせぇな。お前はルイのこと考えてろ」
 「……父性という言葉を知っているか?」
 「信用出来ねぇな」
 「いやお前にだけは言われたくないだろ」
 「るせぇよムッツリ」
 「あっはっはー言われてるよー晴一」
 「……赤峰さんまで乗らないで下さい」


 呆れたような黒崎さんの声。あぁ、呆れないで下さい。呆れてもいいけどそれは司にして下さい。
 「おいお前、顔赤らめてんじゃねーよ」「お前だけ月兎独占してずりーんだよ!」「久々なんだからいいだろ別に!」「いいわけねーだろ馬鹿」、司と"Noir"メンバーの応酬が聞こえる。

 はぁ、とため息を吐いた。



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