黒、赤、白
中心部を少し離れた場所に、倉庫街がある。煉瓦造りの、同じ形をした建物が幾つも並ぶ。そのうち一つは"Noir"の塒(ネグラ)だ。すでに倉庫として使われていないそこは、ルイさんの亡くなった場所でもある。
「黒崎、いるなら出て来い」
ドラム缶や木のコンテナが高く高く積み上げられている。晴一さんの声は響いて木霊した。隣に立つ司の指示で、今の俺はパーカーのフードを被っている。そのためか、"Noir"幹部一同の「あいつは誰だ」と訝しげな視線が突き刺さる。中には知った顔もあるため、少し切ない。
「……随分な態度だな」
黒崎さんは、コンテナの一つの上に座っていた。
短く整えられた黒い髪。野犬のような黒色の眼は、初めて会った日のような暗い光を宿している。
黒崎 護。
黒いジャケットに、黒のパンツ。"Noir"総長は、ルイさんを亡くした日から黒ばかり身に付けている。
それ以来、"Noir"のメンバーは揃って黒を身に付ける。チーム名にあやかっているわけでも、それがチームカラーなわけでもない。
"Noir"の黒は、喪に服す黒だ。
「悪いが取り込み中だ。うちのメンバーが"scopion"に襲われた」
「………何?」
「挑発されているようだな。知っているかは知らないが、"月兎"も奴の手の中だ。迂闊には動けないが、こう出て来られると――…」
「く、黒崎さん!」
耐え切れず叫ぶと、「馬鹿」と呆れた声が隣から聞こえた。
フードを脱ぎ、顔を晒す。周りからどよめきが起こる。
「お久しぶりです。俺"は"、無事です」
「月、兎……?」
「あーらら、どゆこと?」
カン、と高い音がした。
ドラム缶からドラム缶に飛び移る。。薄暗い倉庫の中で、"赤"は豹のような動きで俺たちと同じ場所に着地した。
「……赤峰さん、居んなら言って下さい」
「んー? だって晴一は黒崎に用があんのかなーって」
「んなわけないじゃないですか。あんたがいないから探してたんだ」
「あはっ。ごめんねー?」
げんなりとする晴一さんを、おちょくるように笑う。
赤峰 徹。
切れ長の眼とうっすら上がった口角には、常に余裕が浮かんでいる。肩につくかつかないかの髪を赤く染めている。
今は軽口の中に隠している、けれどこの人は切れたら手のつけようもないくらい、ヤバい。
誰かが言った、『赤は返り血の色』。喧嘩を売って来るチームを容赦なく叩きのめす。ルイさんが現れて以降落ち着いたとは聞いたけれど。
この人の目に、態度に、その言葉を思い出さずにはいられない。
赤は、鮮血の"Rouge"。
「てか、どったの。何で月兎いんの」
久しぶりだねーどこにいたのー生きてたのー、と俺の頭をぐりぐりと撫でまわす。久しぶりの再会を、俺も喜びたい。けれど今は、遊んでいられる場合じゃない。
「捕まったの、多分俺じゃないんです。"scopion"のハッタリじゃなければ……多分、俺の友達が」
「でも間違えないっしょ、フツー」
「月兎そっくりの奴がいる。攫われたのはきっと、そいつだ」
晴一さんの言葉に、赤峰さんは俺を撫でる手を止めた。その隙にさり気なく、俺は司の手によって反対隣へ引っ張られる。
ぱちくり、と瞬きをし、
「じゃー降りよーよ。もっと泳がせて、佐原が出てくんの待てばいーじゃん」
「赤峰さん、」
「赤峰……月兎でないとしたら、それはまったく関係のない一般市民というわけだろう。見過ごせない」
黒崎さんは眉を寄せた。この辺りの考え方は、二人とも真逆だ。今も昔も変わらないらしい。
「それに、月兎が捕われていようがいまいが、俺は佐原を止める」
「黒崎!!」
「今回は"blanc"も動いている。あいつに見つかる前に、今回の件は"Noir"が止める」
「……"あいつ"?」
カツン、と靴音が響いた。
シンと静まり返る倉庫。振り返った俺は眼を見開いた。「おい、何でここに」。隣で司が呟く。
「初めまして、"月兎"」
こげ茶色の髪。
弧を描く眼は、いつも感情が読み取れない。シルバーフレームの眼鏡がそれを助長させる。
白いシャツの上に、クリーム色のカーディガン。ボトムはグレーベースのタータンチェック。普段締めているネクタイを、今日は外している。
「"blanc"総長、白薙 北斗です」
「いいん、ちょう……?」
古賀学園第一学年Sクラス。
委員長こと白薙 北斗は、ニコリと笑った。
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