--05
◇
ひんやりと無機質に冷たい。
どうやら僕は、おそらくコンクリートの上に寝かされている。
足音は響く。建物の中だろうか。だとすればかなり広い。
「"Noir"傘下の格下が徘徊していたので、襲撃しました」
何やら不穏な内容を当たり前のように紡ぐ声。記憶を辿ったところで、特に聞き覚えもない。この状況そのものが身に覚えのないものだから、当たり前といえば当たり前だ。
「相手は一人。その際、"月兎"の誘拐について伝えてあります。おそらく黒崎の元に届いているかと……」
聞き慣れない単語ばかりだ。
"Noir"、"黒崎"。何とか現状を推理しようにも、情報がないのでどうしようもない。その情報ですら、聴覚から来るもののみだ。
「おそらく、じゃ駄目なンだよ」
地を這うような声。
ピリ、とその場の空気が張り詰める。誰も何も話さない。この声の主が、この場のトップか。
「確実に伝わってねェと、"月兎"を囮にした意味がねェんだよ。赤峰と、黒崎。揃ってここまで来てもらわねェとなァ?」
声の主はくつくつと笑う。何が可笑しいのかさっぱり分からない。
不意に、空気を裂くような音がした。
「あ、がッ……」
「これで二人が雁首揃えて来なけりゃ、お前の責任だ」
「す、すいませ、」
「ま―――それは来てからのお楽しみ、ッてわけだ。命拾いしたなァ?」
直後、ごほごほと噎せるような音が聞こえる。酸素を取り入れようと必死な様子だ。首でも絞められたか。
「佐原さん」、誰もが言葉を発せないその空気の中で、ひとつの声が響いた。
「何だァ?」
「あの……愚問かもしれませんが」
気の弱そうなその声は、怯えるように言葉を続ける。――いや、声の主が気弱というよりは、"佐原"と呼ばれたその男が怖いのだろう。
「どうして"赤"と"黒"だけなのでしょうか。"白"は……最初から眼中にないと」
「いや、ある意味一番危険なのは"白"だろうなァ」
くっくと喉を震わせる"佐原"は、「でも」とそれを止める。
「"白"は餌を撒かなくても来る。何せこの俺自身が餌だからなァ?」
顔の前を風が切った。
ダン、と耳元で音がし、ビリビリと衝撃が全身を伝う。堪えきれず肩が揺れる。
「さぁ、起きろよ"月兎"。どうせ起きてンだろォ? 鼻に掛かった髪が揺れてンだよ」
くい、と顎を持ち上げられ、そっと薄目を開けた。どうやら僕の顎は、"佐原"の靴先によって持ち上げられているらしい。かなり高くまで引っ張られ、顔が歪む。
視線の先にいた"佐原"と、目が合ったのが分かった。ニヤリ、と狡猾な笑みが僕を捉える。
くそ、バレたか。
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