--04
「環……お前何を」
「風紀のことは任せるがいい、この僕がいる」
「そうじゃねぇ!!」
「聞き分けが悪いな。別に見れば分かることだよ」
苛立つ晴一さんに対ししれっとした態度の環先輩は、ちらりと俺を一瞥しそして。
「そっくりだ。あの理事長に目を掛けられている理由が分かる」
「―――!?」
「こじつけは彼の専売特許だが、案外馬鹿に出来ないな。さあ、何をすればいいかは分かっただろう。僕は知らないけど」
「環、」
「いつまで地団駄踏んでいる。この僕が言っているんだ、早く行け無能」
「む………!?」
任せたよ。
煮え切らない晴一さんにそう言い残すと、環先輩は重力を感じさせない足取りでその場を去っていく。
その後ろ姿が曲がり角に消えたとき、
「晴一!?」
動いたのは晴一さんだった。
脇を通り抜けようとする、余裕のないその腕を司が掴む。
「離せ、急ぎだ」
「意味分かんねぇんだけど」
「結構だ。市川を学園から出すな、携帯も預かっとけ」
「何焦ってんだよ。木崎が何かあったのか?」
晴一さんは視線を逡巡するように彷徨わせると、「さぁな」と吐き捨てるように呟く。
「さぁな、っておい、」
「司」
遮るような口調。
こんなに余裕のない晴一さんを見るのは初めてで、何故だか心が逸る。何かよくないことが起こっている。
「龍馬を初めて見たとき、どう思った」
「どう、って………決まってんだろ、こいつに―――…」
言いかけた司の眼が大きく見開かれる。
「……マジ?」
「知るか。確かめに行く」
「待てよ、俺も行く」
「"scopion"相手に単独かよ」
「副長ー」
「……調子いいなお前は」
行くぞ、と今度こそ駈けていく晴一さん。
俺の脇を通り抜けていくそのとき、司が振り返る。
「寮出んなよ。大人しくしてろ。あと腹出して寝んなよ、風邪引くぞ」
「………ッ、待てよ司!!」
読めない二人の会話がもどかしくて悔しくて、声を張り上げた。
そんな場合じゃないって、それくらい俺にも分かるのに。
「何があったんだよ! 木崎が関係してんのか!?」
「分かんねぇから行くんだよ。だとしたら、今回ヤバいのはお前だ」
「意味分かんねぇ……」
「木崎連れて帰って来る。お前まで巻き込まれたら最悪だ」
"月兎"。
その名前が出た以上、俺に関係ないなんて言わせない。
どうして俺だけ蚊帳の外なんだ。
そんなこと言ってる場合じゃない、けれど俺は司のネクタイを掴んでいた。
ぐっと引く。
「いっつもいっつも女扱いしてんじゃねぇよ。俺がやられると思ってんのか? 確かに俺は自分から手ェ出したりはしないけど、木崎に何かあったなら黙ってらんねぇんだよ」
木崎に何かあったなら、俺に関係ないなんて言わせない。
至近距離で睨み合う。数秒経過した後、先に逸らしたのは司の方だった。
「だとよ。連れてくわ、晴一」
「………好きにしろ」
呆れた様子の晴一さんに、何に起因しているのか分からない罪悪感が芽生えた。けれど俺にだって、この問題に関わる権利があるはずだ。
「但し、顔だけは晒すなよ。未だ不確定だが、用心に越したことはない。取り越し苦労だとしても、"scopion"は血眼になって月兎を探してる。顔―――と、その頭は隠しとけ。自己保身のためにもだ」
パーカーでも何でもいいから着て来い、と手を払われ、俺は慌てて自室に戻った。「俺がいない間に勝手に行くなよ」と念を押せば、「いいから早く着て来い」と司に急かされる。くそ、俺だけ不安かよ。クローゼットから紺色のパーカーを引っ張り出し、シャツの上から着た。ジップアップのもので、フードにボリュームがあるため顔も隠れるだろう。
「晴一さん」
俺がパーカーを着ている間に、どちらかがタクシーを呼んでいたらしい。
揺れる車内で、助手席に座る晴一さんに呼び掛けた。バックミラー越しに視線が合う。
「何で顔を隠さなきゃいけないんですか?」
未だ話が読めない。どうして俺が"scopion"に捕まったなんてデマが拡がっているのか、どうして晴一さんが焦っているのか、どうして俺が学園から出ちゃいけなくて、抜け出した今顔を隠さなくてはいけなくて、
どうして木崎の名前が出てくるのか。
晴一さんは「あくまで予想に過ぎないけどな」と前置きをし、それから険しい表情を窓の外へと向けた。いつの間にかタクシーは森を抜けていた。信号が青になり、停まっていた車が走り出す。
スゥ、と息を吸うその音は、少しだけ震えていた。
「龍馬は"scopion"に捕まった。それも"月兎"として、だ」
「―――え?」
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