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「ぁ゛? 謹慎中に呼び出したのはそっちだろーが。あのチビガキに言っとけ、同じこと何回も何回も質問すんじゃねぇって。責任は取るけどな、状況はこっちだって掴めちゃいねぇんだよ。そこを嫌味ったらしくネチネチネチネチ責めやがって上ノ宮の野郎……どうせ録音くらいしてんだろ」
最早独り言に近い。
一気にまくし立てる司に、晴一さんは気まずげに視線を反らすと「仕方ねぇだろ」と呟く。
「それが仕事なんだよ。こっちも最善は尽くしてる。お前が万が一退学にでもなったら、この学園は回らない。チカも分かってるからこそ、お前の証言が欲しいんだよ。我慢しろ」
「お、分かってんじゃねえか上ノ宮」
「抜かせ」
調子づく司に合いの手を打つ晴一さん。息ぴったりだ。普通に考えれば中等部からの仲ということになるから、当然といえば当然なのかもしれない。
「晴一さん、どうかしたんですか?」
手にする袋と交互に見、訊ねる。鮮やかな青色の袋からはネギが覗いている。フロントに届いた食材を受け取った帰りらしい。
晴一さんは「あー」と濁すような返事をし、言いにくそうに口を開いた。
「龍馬知らねぇ?」
「龍………木崎ですか?」
どうして木崎が出てくるんだろう。
首を傾げれば、「察してやれ」と慈愛に満ちた目をした司に肩をポンと叩かれる。
「謹慎中の木崎に会いに来たんだよ。愛だけに」
「うまくねぇよ! いや確かに会いに来たけどな!」
「愛だけに?」
「しつけぇ! 分かったその顔止めろ、会いに来たんだよ愛だけに!」
「うわ………何言ってんの晴一、サムい」
「殴られてぇのか!!」
めっちゃうぜぇ。
突っ込むべきかと悩んだ末、二人の応酬が落ち着くまで傍観に徹することにした。俺が割り込んだところで、悪化する予感しかない。
…………ふと思う。
"愛だけに"?
「あの……」
好奇心は状況悪化のリスクに勝り、俺は口を開いた。
それと同時にポケットの携帯がブルブルと震え、続ける言葉を飲み込んだ。「メールか?」、丁度同じタイミングで携帯が鳴った晴一さんも、パンツのポケットからそれを取り出す。「おい俺だけ鳴らねぇんだけど」って知るかよ。友達いないんだろ。
開いた携帯画面に表示されたのは、「佑介」の文字だった。日暮 佑介。中学校の同級生で、学園に入るまではつるんでしょっちゅう遊んでいた。
『晶大丈夫か!? 無事なら返事くれ』。
絵文字も顔文字もないメール。普段ならやたらとごちゃごちゃしたメールを送ってくるくせに。大体、意味が分からない。
「―――月兎が、捕まった?」
懐かしい呼び名。
携帯に目を落とす晴一さんは、呟くと顔を上げた。司の眉が微かに寄る。
「………って、俺ここにいますよ」
「誤報だろ誤報。皆で副長騙してんだよ」
「……緊急召集だぞ」
「要するに暇なんだろ」
多少疑問は残るけれど、それなら佑介からのメールに合点がいく。"Rouge"の情報が誤りがあるなんて思わないだろうし、あいつもそのデマを信じてるんだろうな。
無事を知らせてやろうとキーを操作し、メールの作成画面に移動した。
「………え、」
携帯画面に影が落ちた。
陶器人形のような精巧さを持った指が、画面の隅に触れる。何事か、と思うより早く、不意を突かれた俺の手から携帯が抜き取られ、
「あ、ちょっ!」
ポイ、と床に放られた。まるでゴミか何かを捨てるみたいな風だ。
「てめぇ美作!」
「短期休暇届を発行する」
凛とした声。
輝く金色の髪、澄んだ碧色の眼。人形が動き出したような、見る人を非現実の錯覚に陥れる。紫先輩の弟、環先輩はとっくに俺から視線を離し、晴一さんに向かって声を張る。
「は?」
「木崎 龍馬は午前十一時前、寮を出ている。寮監曰く『街に出て眼鏡を直してくる』そうだ。その際眼鏡を外しており、普段よりも目付きが悪く見えたらしい。早く連れ戻して来い、さもないと」
携帯を廊下から拾い上げ、立ち上がる。
環先輩より侮蔑の視線を浴びせられる。おい、捨てたのは先輩じゃないですか。
「彼が身代わりをしたそこのチンチクリンは、」
「誰がチンチクリンだ俺の晶に」
「司うるさい」
「謹慎どころでは済まされないぞ、消される」
俺が?
隣に立つ司を見上げても、同じく訝しげな表情しか返っては来ない。
唯一向かい合う晴一さんが、
「―――…」
微かに眉を寄せ、環先輩を睨んでいた。
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