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いつの間に眠っていたんだろう。
突き抜けるような高い空が、カーテンの隙間から覗く。携帯のディスプレイで時間を確認した。午後三時。どうりで頭が重いはずだ。
起きなくちゃ。洗濯物が溜まってる。部屋の掃除もして、フロントに届いてるはずの食材を取りに行って。頭で考えてみても、カーテンを開ける気力すら起こらない。身体にまったく力が入らない。
携帯画面の右上にメールアイコンを見つけた。一瞬躊躇って押せば、送り主は有坂だった。『木崎も揃っていないけど、どうしたの?北斗もいないし、こっちは学園祭の片付け大変なのに`´』。少しほっとする。それにしても、俺と同じく自室謹慎中の木崎はともかく、委員長までいないだなんて。今回の件には関わっていないはずだから、サボりか。片付けとかしなさそうだよな、委員長。返信を打とうとして、親指が止まる。『どうしたの?』。返す言葉は見つからない。
顔を洗おう。
洗面所に向かい、鏡に映る自分を見た。
「………ぅわ」
髪はボサボサ。着たままの制服はシワシワ。昨日、生徒会室から真っ直ぐ帰ってソファに倒れ込んだ。
「ひどい顔」
鏡の中の自分を笑ってやると、何だか虚しくなった。止めよう、端から見れば只の不審者だ。
冷水で顔を洗った。少しすっきりしたような気はする。この調子で制服も着替えよう。ネクタイに指を掛け、ふと思う。自室謹慎。無期限、っていつまでのことなんだろう。俺の謹慎が解けたとき、何か変わってしまってる、なんてことはないよな。
例えば、もう会えない人がいる、とか。
「―――…」
インターホンが鳴った。
こんな時間に誰だろう。まだ授業中のはずなのに。
モニターを覗いても、そこには誰も立っていなかった。悪戯かな。にしてもこの時間、わざわざこんな小さな嫌がらせのために寮に戻ってくる生徒なんていないだろ。
不審に思いつつも確認のため玄関に向かった。ローファーの踵を踏まないようつま先立ちに履き、ロックを解除しドアを開ける。
「………誰かいますかー」
ドアから顔を出し廊下をキョロキョロと見回しても、人影はない。
ピンポンダッシュかな。もしくはシステムの故障か。
まあいいや。
首を傾げながらドアを閉めようとして、
「いる」
心臓が口から飛び出るかと思った。
「んのゎっ!?」
「何つー声出してんだよ」
ドアの脇、床に座る司は、「るせぇ」と片耳を押さえ眉を寄せた。
そこに座られたら、画面にも映らないはずだ。
「何して、」
「会いに来た」
「謹慎中だろ!」
「学園に呼ばれて行ってきた。その帰り」
確かに司は制服姿だった。珍しくブレザーまで羽織っている。この生徒会長様がまともに制服を着こなすのは、会議や式典のときだけだ。「呼ばれた」その理由を暗に察し、胸がちくりと痛んだ。
「ソーデスカ。お疲れ様です会長、僕は謹慎中の身ですから大人しく部屋にこもってますね」
昨日の今日で平常心では話せない。
先手必勝、力任せにドアを引くと、閉まる直前司の手がそれを阻んだ。おい、こいつどんな腕力だよ。俺の全力だぞ、片手で止めやがって。
「……おいコラ、挟まるっつの」
「そのつもりなんだよ! 軽く止めやがって!」
「だからって挟むこたねーだろ! 力抜け!」
「お前が手ェ離しゃ解決すんだよ!」
「離したら閉めんだろーがっ!」
「当たり前だろバーカ!」
もう、何してんだか。
それからは十数分ほど、「離せ」「お前が離せ」と互いに譲らぬ攻防戦を繰り広げた。ドアノブを掴む手が汗ばんで滑る。ふと見れば、司の額にもうっすらと汗が滲んでいる。そこまでするくらいならいっそ手を離せばいいのにと思うけれど、それは俺にも言えたことだ。
「…………そこの阿呆二人。大人しく謹慎してられねぇのか」
それを止めるきっかけとなったのは、袋片手に呆れ顔の晴一さんだった。
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