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--08
 
 
 「ねー。ほんっと鬱陶しい」


 隣に立つ皆川先輩―――司の元親衛隊隊長は口元に手を当てクスクスと笑う。このメンツなら、と俺は呼び出された理由に薄々感づき始めていた。
 伊集院先輩はそんな皆川先輩を一瞥し、眉を顰めた。


 「一緒にしないでくれる? 気持ち悪いんだけど」
 「……は?」
 「仲間意識持たれても鬱陶しいって言ってるの」


 金色の髪を指先に絡ませ、伊集院先輩は気だるく言った。カッと目を見開く皆川先輩を見ても冷やかな表情は変わらず、そのまま首を動かし俺の方を向く。


 「僕のことは知ってるんでしょ。第三学年Sクラス、」
 「伊集院先輩、………ですよね」


 意外とまともに会話が出来そうだ。
 先輩は「知らなかったらムカつくよね」と誰ともなく言う。俺の背後に立つ不良グループや、皆川先輩のことははなから視界に入っていないようだった。


 「突然だけど、僕は美作君のことが好きだ」


 伊集院先輩は腕を組むと、突如そう言い放った。


 「親衛隊隊長なんて務めてるくらいだから、知ってると思うけど」
 「……はぁ」
 「美作君の親衛隊は中等部の頃からあって、その頃はそのときの先輩が隊長だった」


 確かにあの容姿なら、中等部の頃から注目されていても不思議じゃないだろう。
 話の内容は理解できる、けれど真意が分からずに俺はまた「はぁ」と曖昧な返事をした。伊集院先輩は「変な顔」とばっさり斬る。


 「……すいませんね美形じゃなくて」
 「嫌味なの? まあ、美作君には遠く及ばないし、それくらいへりくだって当然だけど。美作君は素敵な人なんだ。―――僕は中等部の頃からそんな美作君が好きで、高等部に上がってからも好きで、でも僕みたいな生徒はいっぱいいて」


 まあ、紫先輩くらい魅力的な人なら、憧れるやつはたくさんいるだろう。
 そう呑気に思っていた俺は、伊集院先輩のギッと鋭く光る瞳にたじろいた。


 「今年ようやく隊長になれたんだ! 美作君に顔や名前を覚えてもらえて、僕はそれだけで幸せなのに……」


 声が、細い肩が震える。


 「なのに何なの!? 今更ぽっと現れて生徒会に入って、おまけに美作君に好かれて!!」


 言葉が出ない。
 伊集院先輩の眼には涙が滲んでいて、けれどプライドが高いのか泣くまいとそれを堪えている。


 「お前が来てから、美作君は変わった。髪色が、眼の色が変わった。物腰が柔らかくなって、前よりも親衛隊を気にかけてくれるようになった」


 紫先輩の容姿に触れたことで、ふと気づく。伊集院先輩のパーマがかった金色の長い髪は、紫先輩に似ていた。きっと紫先輩を真似たヘアスタイルなんだろう。


 「どうして美作君の隣にいるのがお前なの。どうして美作君の特別がお前なの。どうして、何でこんなに彼に愛されてるのに、その気持ちを受け入れないの? ………僕なら嬉しい、嬉しいどころじゃない、死んだって構わない。彼に好かれるためなら何だって惜しくない。それくらい好きで好きで堪らないのに、なんで」


 何で僕じゃないの。
 そう呟くと、伊集院先輩の眼から涙が零れた。

 どうして俺なんだろう、そんなの俺が一番分からない。
 紫先輩のことをこんなにも想っている人がいて、どうしてその気持ちが報われないだろう。
 俺は紫先輩の好意を知っていて、傍にいた。いけないことなんて思わなかった。誰かに好かれることは嬉しかった。

 けれど自分が誰かに好かれることで、誰かが傷ついてるなんて想像出来た?

 楽しい毎日を壊したくなかった。その一心でここまで来た。けれど俺のその気持ちは、伊集院先輩の心を壊しかねないものだった。―――いや、もう壊れてるかもしれない。
 目の前で先輩が泣いている。泣かないでほしい、けれど涙を拭う手は後ろに縛られている。解こうものなら今頃どこかにいる木崎が、あぁそうだ木崎は無事だろうか、木崎を助けなくちゃいけない、

 けどそもそも木崎をこんな目に晒したのは俺で。
 伊集院先輩が泣いているのも俺のせいで。


 「泣かないでよ伊集院。僕も辛いよ、こんな編入生に西園寺様を奪われて」


 俯く伊集院先輩に、皆川先輩がそっと寄り添う。どこか楽しげな眼は俺を捉えている。二人のギャップに、嫌な気持ちにさせられた。


 「辛い気持ちは一緒だよね。こんなやつどこかに消えちゃえばいいのに。大丈夫、僕に任せて」




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あきゅろす。
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