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腕の筋肉だけで身体を起こす。
圧し掛かっていた先輩が怯んだ、その隙に右手を思い切り振りかざし、遠心力を使って拳を入れる。
「あいつも化け物かよ。編入生は二人とも桁違いだな」
俺にナイフを翳す先輩は、喉の奥で笑った。
動きを封じようと動く五人を、次々と凪いでいく。
眼は虚ろで、四肢は身体と繋がっていないみたいにバラバラに動く。体格差なんてものともせず、今も一人の先輩を壁に叩きつける。
背筋にゾワリと悪寒が走る。
化け物、その言葉が相応しいくらいに豹変した親友の姿。
「木崎止めろ!!!」
思わず叫んでいた。
これ以上は駄目だ。木崎が木崎じゃなくなる、遠くに行ってしまう。そのとき俺はそんなことを考えた。
右足を振りかざす木崎の動きが、わずか一瞬止まる。
背後に立つ先輩がそれを見止め、笑った。
「………ぁ、」
「ナイス山田。そのまま見張っとけよ、目ェ覚まされたらヤベェし」
首の後ろに手刀が振り下ろされた。
衝撃で首が傾き、ガクンと揺れたその拍子に眼鏡が音を立てて落ちた。半拍遅れて、どさりと身体が廊下に倒れ込む。
「平和主義も、ここまで徹底してると逆にすげぇなー」
蔑むような笑いが後に続く。
木崎はピクリとも動かない。首の後ろを殴ったら、最悪死ぬこともあるとどこかで聞いたことがある。カタカタと足が震える。
俺の、せい?
俺が止めたから、木崎は。
「っつーわけで風紀クン殺られるのと、俺らにおとなしーくついてくんの。どっち取る?」
ぐいと髪を掴まれ顔を上げさせられる。
ナイフの切っ先が肌に喰い込み、顔が歪んだ。「今の顔すげー綺麗」なんて場違いなことをケタケタと言ってのける先輩に腹が立つ。
視界の端に、未だ動かない木崎の姿が映る。
選択肢なんて最初からない。
◆
「おっそい。手こずりすぎ」
後ろ手に縛られ、空き教室にドンと背中を押された。その後ろでドアの閉まる音がする。手が塞がっているから、バランスが取りにくい。教壇に座るその人は、そんな俺の姿を鼻で笑った。
「だっさい格好。ほんと、生徒会にはいらない男」
この人は、知ってる。
第三学年Sクラス、伊集院 はじめ。普通に笑えば女の子顔負けに可愛い、その顔は冷たく歪んでいた。
美作 紫親衛隊隊長。生徒会役員会議の後、紫先輩を待つ集団を統率しているのはこの人だ。隣に立つと、この人はいつも俺を嫌そうな顔で睨む。きっと先輩の隣にいる俺をよく思っていないんだろう、とは気づいていた。けれどまさか、金で不良を雇ってまで俺を呼びつけるとは。
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