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「木崎何やってんだよお前!」
人の波を掻き分け、カウンターの席へと向かう。
木崎は眼鏡のレンズ越しにギッと晴一さんを睨みつけている。その晴一さんの頬は腫れていて、俺は慌ててポケットからハンカチを取り出した。「大丈夫ですか?」差し出すと、手を挙げてそれを制される。
「や、切れてないし大丈夫」
「でも………」
でも、も何も、血が出てないならハンカチなんて必要ないんだろうけど。差し出したそれの行き場を失って、俺は馬鹿みたいにオロオロするばかりだ。
「いきなり来て人の顔殴るってどーよ」
晴一さんの視線は木崎から離れない。
俺の手を退けた、その両手が木崎の頬に触れる。肩が跳ねる。少しだけ眼鏡の奥が揺れる。
「俺怒ってるけど?」
「………僕は悪くない」
「俺も悪くないし。だからほら、」
「……何」
「謝って」
「断る」
「………ほんっと可愛くねぇな」
「結構だ。大体お前が悪い」
「何やねん」
二人の言葉の応酬に口を開けずに固まっていると、木崎を挟んだ逆隣に女の人が見えた。綺麗な人だ、見た目だけじゃなくて内面の美しさがにじみ出ているような。少し困ったように笑う表情からして、その人も状況が掴めていないらしかった。
木崎が、晴一さんと親しいことを知らなかった。
それは勿論、風紀委員の先輩後輩として接点があることは知っていた。二人が一緒にいるところを目撃したことは何度もある。
けど、委員会の先輩に対してこんな態度を取れるほど親しいだなんて、俺は知らない。
「お前と話していると腹が立つ」
こんな険しい顔をしてこんな言葉が吐けるほど二人の距離が近いことを、俺は知らない。
「触るな。主人は僕だ」
優しく触れた手をばっさりと払い、振り切るようにその場を後にする。
店内の照明は暗くて、目を離せばその背中を見失いそうだ。晴一さんと木崎を交互に見、どっちを優先すべきなんだろうと思考錯誤する。どっちも放っておけなさそうな状況で、どっちを選ぶなんて出来ないんだけど。
「すいません、後頼みます」
「えっ! えー……」
晴一さんはこの人が何とかしてくれるだろう。
無責任すぎる言葉を残して、俺は木崎の後を追った。
◆
ぽてぽてと人気のない廊下を歩く。
校内見学施設として学園祭には使用されていない南校舎は、足音が響く。いつもより少しだけ遅いテンポに合わせ、半歩後ろを歩く。木崎の表情は見えない。
『晴一さんと木崎って、どんな関係?』
口に出そうとして何度も言葉を止める。その背中があまりに寂しそうで、言えずにいる。
先輩と、後輩。
よく考えて見れば、それだけの関係にしては二人の仲が良すぎるような気がした。
「木崎ー」
「何だ」
「………何でもない」
二人分の足音が響く。どこかの窓が開いてるんだろうか、少し肌寒い。
風が吹く。
「………あ」
ぴたり、と足を止めた。
「今度は何だ」
「あのさー……」
久しぶりすぎて勘が鈍ってるんだろうか。前なら気づけたはずなのに。その"前"が、大分昔のことのように思えた。
「"何人くらいいると思う?"」
怪訝そうな木崎の顔がこちらを向いた。
おい、まさかこれって最悪のパターン。確かに俺は気づいてなかったけど、木崎は気づいてるんじゃないかな、というか。気づいていてほしかったというか。
背後の気配が動く。
「六人。こんだけいりゃ大人しくなるだろ?」
目で追って人数を確認した。三倍の人数で掛かって来るなんて、どんだけ過信されてるんだか。
人気のない南校舎。俺たちは、囲まれていた。
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