--04
教室は薄暗く、天井ではミラーボールが回っている。カーブしたソファが仕切りの役割を果たし、ブースのようになった席。俺はすでに、この教室に入ったことを後悔していた。
「本当にホストクラブみたいですね……」
「……言わないで」
スーツを着た先輩たちが、女性客の肩に手を回している。嫌がらないのかな、と驚いたけれど、よく考えれば第三学年Sクラスは美形揃いだ。こんなかっこいい人たちに肩を抱かれれば、まあ悪い気はしないのかもしれない。
教室が暗いから、木崎がどこへ行ったのか分からない。足音や話し声を辿ってみようとしても、音楽がうるさくて聞こえない。
「ていうか、教室にしては妙に広くないですか?」
「Aクラスとの間にある壁を壊して、続きにしたらしいよ」
「………いいんですか、そういうの」
「駒井に聞いて」
この大胆な改装は、駒井先輩の仕業らしい。
副寮長に学園祭実行委員長。慌ただしく動いているなあと感心していたけれど、こんなところにまで手回しがされていたなんて。先輩の行動力には脱帽させられた。
「木崎君、いないね」
紫先輩は目を凝らして首をきょろきょろと動かす。
「そうですね……」
「桐生か桜庭のところだとは思うけど。探す?」
「はい、探してみます」
「そんなに広くもないんだけどね……VIPルームに行ってたら見つけにくいけど」
「ビップルーム?」
「早い話が個室」
ほら、と指された先に、カーテンで仕切られたスペースがある。あぁなるほど、VIPルーム。ここまでやってしまったら、もう「バー」では言い逃れ出来ないんじゃないか。
そんなことを思っていると、カーテンがシャッと開いた。
「……あ」
来なければよかった。
長身に、赤みがかった茶色の髪。あんな奇抜な色が似合う人を、俺は他に一人しか知らない。
司に続いて、女の人がVIPルームから出て来た。明るい茶色の髪を巻いた女の人。うっとりした視線は一時も司から離れない。
司はその女の人の手をそっと取り、出口までエスコートする。自然な動作。手慣れてるみたいだ。そう、慣れてる。司は西園寺家の跡取りで、有名な企業のパーティにもたくさん出席しているから。そういった場に女の人がいるのは当たり前だし、エスコートくらい出来なきゃいけない。だから慣れてる。今日だって学園祭に来てくれたお客さんをもてなしているだけ。あいつが本当に好きなのは俺だから。全然、平気。
「――――…司、」
「先輩」
身を前に出す紫先輩の腕を掴んだ。
思ったよりも強く掴んでしまったらしく、その目が大きく見開かれる。
「………あ、すいません」
「いや………でも、」
「あいつ、女慣れしてますよね。ほんっとチャラいっていうか、可哀想ですよ。女の人、絶対期待しちゃうじゃないですか」
憎まれ口も暴言も、司が俺を好きでいるという自信があったからだ。何をしても司は俺しか見てない。たぶん俺は、そう思っていた。
けど司がいつか、俺以外の誰かを選んだら?
最近よく、そう思うようになった。いつか俺なんか見えなくなってしまうかもしれない。いつか離れて行くかもしれない。
―――いや、「かもしれない」じゃなくて。
いつかは離れていくんだ、俺たち。
「………晶、」
不安げな紫先輩の表情にハッとした。こんなところでぼんやり立って、落ち込んでいる場合じゃない。脇をトレーを持った先輩が通り過ぎ、俺たちをジロジロと見る。通路に立ち尽くす俺たちが邪魔なんだろう。
「あ、ちょっとずれましょうか! ごめんなさい、急に立ち止まったりして」
「晶、」
「木崎いないですねー。そういえば俺、昼御飯食べてないんです。早くあいつ見つけて何か食べなきゃ、」
そのとき。
BGMにも負けないくらい大きな音が、パンと響いた。
「―――…え」
音のした方向を見ると、そこにはバーカウンターがあった。スツールがいくつか置かれていて、お客さんはそこに座ることも出来るらしい。
そのスツールから腰を浮かし、右手を振り切ったポーズで静止する。
「木崎!」
正面には、晴一さんがいた。
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