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脱兎の如く
 
 
 小会議室に繋がる控え室に入ると、衝立の奥からガサガサと音がした。


 「………何で制服?」


 そこにいたのはやっぱり木崎で、その木崎はメイド服から制服に今着替えたばかりといった風貌だった。
 ちらりと俺を見、鏡に向かって髪を手櫛で整える。


 「僕は逃げる」
 「えっ!ヤバくないの?」
 「お前は僕が逃げるまでの時間稼ぎでもしていろ」


 木崎はしれっと言うと、ブレザーを羽織り襟を正した。


 「クラスの行事だし、サボりは駄目だ!ってわけで木崎、俺と一緒に売り上げナンバーワンを目指すぞ」


 我ながら心にもないことを言って説得をする。そんな小細工はお見通しの木崎は、眼鏡の奥を細め眉を寄せる。


 「一人でやれ。大体それは、僕を道連れにする気なんじゃないのか」
 「………」


 図星だった。


 「お前が行かなくても僕は行く。好きにしろ」


 どうやらホールに戻る気はないらしい。
 俺は考える。今日これからも女装姿を晒し続けるか、木崎と一緒に逃亡するか。後者は委員長や有坂、クラスメイトに睨まれるかもしれない。でも、木崎も共犯だからきっと大丈夫。何とかなる。多分。というか、木崎だけ逃げるのは狡い。


 「俺も行く!」


 はいっ、と手を挙げると、木崎は宙を仰ぐ視線をこちらに寄越し、


 「なら急げ」
 「俺メイド服のまんま!?」
 「どこかで着替えればいいだろう。とりあえずはそのままで」
 「えー……外出んの……」
 「嫌ならホールに戻れ」
 「ご一緒させていただきます」


 即答。木崎はやると言ったらやるだろう。これ以上文句を言って見捨てられるのはいやだ。
 けれどメイド服のまま外には出られない。出たくない。第一目立つ。風紀委員である木崎がいる以上目立つことは避けられないだろうけれど、隣に女装姿の男がいるよりは少しはましなはずだ。俺は今朝脱いだ制服を一気に掴んだ。ポロリ、と片足のローファーが落ちてきて、靴の履き替えをしなくちゃいけないことに気づく。靴は荷物になるから、今履き替えていこう。ヒールは走りにくいし、この方がきっといい。


 「準備出来た!」
 「お前が見つかったら僕は置いていくからな」
 「ひどくね?」


 再びはいっと手を挙げれば、今度もまた気遣いに欠けすぎた発言が返ってきた。木崎はそろそろ素直になってくれてもいいと思う。


 「………早速」
 「え?」


 さあ行こうとしたそのとき、木崎は何かを呟いた。今さら何だと首を傾げれば、


 「市川ー? 何してんだー」


 どうやらこの逃亡計画は、早速前途多難なようだった。





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