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メイド服に着替えて会議室に出ると、「小」会議室とはいえあれだけ広かったホールが、お客さんで埋まっていた。メイド服を着たクラスメイトたちが、慌ただしくホールを行ったり来たり繰り返している。お坊っちゃまなのに手際はいいんだな、なんて感心してしまう。
ふとショウケースを見ると、たくさん作ったケーキは半分近くも売れていた。買ってくれるのは勿論嬉しいけど、朝一でこれだけ売れるなら、この先どうなるんだ。
「市川! ボーっと立ってるなら動いてよ!」
何だか他人事のようにホールを眺めていると、キャンと高い声が頭ひとつ下から聞こえた。
「これ、六番テーブルまで運んでね」
「え………千原?」
茶色の髪をツインテールに結んだのは、確かに千原。メイクもしてるしウィッグも被っているけど、その顔の造形と口調は間違いなく千原だった。
「そうだよ? 可愛いでしょ」
ふふんと笑う千原は、女の子みたいだ。元々眼もぱっちり大きくて小柄だから、服装よりも「女装」という単語の方に違和感がある。そんなことを心の中だろうと思うのは失礼かと考えたけれど、千原がこれだけ嬉しそうならいいだろう。うん。
「うん。可愛いよ千原」
何となく手頃な高さにあった頭をポンと軽く叩く。俺より小さいやつって少ないから、これは快感だったりする。
「これ」と差し出したケーキ皿を持つ千原は、その眼を更に大きくすると、
「べっ! 別に嬉しくないんだから!」
「……は?」
「僕は木崎君がいいの! ほら市川、さっさと六番テーブル行ってきて!!」
ぐいっとケーキの皿を押しつけられ、ぷりぷりとその場を去っていく。
何だあれ。ぽかんと呆気に取られていると、自分が注文された商品を手にしていることを思い出した。やばい、これだけ待たせたんだから怒ってるかも知れないな。
その心配は杞憂に終わる。
「あ」
六番テーブル、と言われた席に向かうと、そこにはすでにメイド服姿のクラスメイトがいた。
お客さんは二人連れの女の人。二十代くらいだろう二人は、ポーッとそのメイドさんを見上げていた。よくよく辺りを見渡せば、他のお客さん(女性率・高め)もそいつをうっとりとした顔で見つめている気がする。
そのお客さんの目が集中する一点を発見し、俺はパタパタと駆け寄った。久しぶりに履いたヒールのパンプスは、やっぱり慣れない。カーペットに引っかかりそうになりながらそこに向かうと、
「木崎!」
紅茶を淹れるその手が止まり、恐ろしく不満げな木崎がこちらを振り返った。
「……え゙」
「遅い」
「だって生徒会あるって言ったじゃん!」
「五月蝿い」
栗色のツインテールのウィッグを被った木崎は、ギロリと俺を睨む。
よく見ると、眼元に少しだけメイクもしているみたいだ。いつもより睫毛の落ちる影が長く伸び、伏せた視線はどことなく色気がある。
「ていうか木崎凄い俺の好みなんだけど!」
思わず叫ぶと、トレーで思いっきり頭を殴られた。
「い゙ッ……!?」
「黙れ。殴るぞ」
「もう殴ってんじゃん!!」
「あのー……」
ぎゃあぎゃあと争っていると、ふと声がした。見れば、デジカメを抱えた女の人が頬を赤らめている。
「お二人で写真撮らせてほしいんですけど!」
お二人。
その言葉の指す意味は、どうやら俺と木崎であるらしかった。
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