学園祭
学園祭当日。
放送朝礼を終えた理事長の、マイクのスイッチを切った。中央校舎に設置された職員用放送室。職員用、と銘打っているからには生徒用も存在し、主に報道部が使っている。
今回は生徒用の放送室を使う予定だったけれど、理事長の挨拶が急遽入るということで、職員用の方を使うことになったのだ。
「お疲れ様です、理事長」
放送を続ける紫先輩の代わりに、司が頭を下げる。こんなやつに礼する義理もないと思いつつ、俺もそれに倣って頭を下げた。
「ありがとう。しかし生徒会の力だけでここまで仕上げるとは、今年の生徒会は優秀だ。素晴らしい」
スーツの襟を正しながら、理事長はニコリと笑う。くそ、猫被りやがって。半年前に会ったときは、地獄の大魔王みたいな顔してただろうが。
理事長はそんな俺の表情をちらりと見、品のある微笑みを浮かべた。この学園の生徒は皆顔が良いけれど、それらが足元にも及ばない。百人中百人が、こいつを「美形」と褒め称えるだろう笑顔。けれどその裏にあるどす黒さを知っている俺は、粟立つ肌をごしごしと摩った。訝しげな表情の大倉先輩を気にしている場合じゃない。
「突然の行事立案に認可を出して下さったことを、感謝しています」
「普段は学園を離れているから、生徒たちの動向がまるで分からなくてね。生徒たちが望んでいるのなら、それがいい」
「アキちゃん、アキちゃん」
うすら寒い二人のやり取りを傍目に眺めていると、近江先輩がこっそり俺に耳打ちする。
「もうお客さん入ってるから、抜けてもいいよ?」
「え?」
「………大丈夫。ここは、俺たちが、する」
見上げると、大倉先輩もこくこくと頷く。
「すみません……」
「大丈夫だよぉ! 頑張ってねっ」
「遊びに、行ってもいい、?」
「いやそれは勘弁して下さい」
ショボくれる大倉先輩を置いて、放送室を出た。まさか女装姿を知り合いに見られるなんて、嫌すぎる。
廊下には、すでにお客さんが溢れ返っていた。時計は九時五分を指している。
……五分でこんなに来るのか。
とにかく、遅れるのはまずい。「なるべく早く行く」と言った手前、ちんたら歩いて「すんません遅れました」と言うのはヤバいだろう、主に俺の命が。ご機嫌斜めの委員長に、視線で射殺される。
走ろうにも、人ごみが邪魔をして走れない。平日の朝だというのに、何でこんなに客が入るんだ。中等部の制服姿だけじゃなく、明らかに女子高生という姿もちらほら存在する。
「次どこ行くー?」
「とりあえず校舎見学したいよね。写真撮りたいー」
「すいません、通して下さい」
掻き分けるようにして、その間を通り抜けて行く。もう、走ったり出来るレベルじゃない。
「すいませーん!」
「通し………はい?」
そんな人ごみの中でも聞き取れる、一際大きい声がした。それと同時に、ぐいっと腕を引っ張られる。
「何ですか?」
あぁもう、急いでるのに。
俺に声を掛けて来た女の子は、一緒にいた子と「えー」とか「どうしよう」とかひそひそ囁き合っている。茶髪、巻き髪、つけ睫毛。歳は高校生くらい。どちらも同じような格好をしている。
「えー言いなよ」
「無理! やっぱ恥ずかしいって!」
「でも今しかないじゃん」
「大丈夫かな」
「大丈夫だって」
二人はきゃっきゃと盛り上がっているけれど、俺は盛り上がっている場合じゃない。早くしてほしい。
「あのー……俺行ってもいいですか」、そう口を開こうとしたところで、俺の腕を未だに掴んでいた方ががばっと顔を上げた。
「一緒に写真撮って下さい!!」
………急いでるんだけどな。
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