--03 「あ、そうだ」 ふと思い出して、自分のデスクに小走りで向かった。大倉先輩の乗せてくれた紙の束。その中から、阿部先輩に渡された一枚を抜き取った。 「これ、部活動会議で話し合うようにって」 「え? あぁ、ありがとう」 紫先輩はカップを一度置いて、二コリと笑い受け取る。 戸惑ったのも無理はない。だってこういう資料は、まずは生徒会長である司に渡すものだから。今までは普通に司に渡していたし、紫先輩を通すのは今回が初めてかもしれない。 同じく怪訝そうな顔の大倉先輩の視線が痛くて、俺は誤魔化すようにクッキーに手を伸ばす。ぱきん、と前歯で折ると、ぼろぼろと粉が零れた。 「あ」 「………何やってんだよお前」 向かい側に座る司が、呆れたように言った。 そしてテーブルの上にあった箱からティッシュを一枚引き抜くと、軽く立ち上がって俺を手招く。 「ほら、身体こっち寄せろ」 「……え」 「ネクタイの結び目にも付いてるから、ほら」 「あ、っと、ありがと!」 ばっとティッシュを引ったくり、制服についたクッキーの粉をそこに払い落とす。 気まずい沈黙が、生徒会室を包んだ。あまりに不自然な自分が嫌になる。 あの日から、あのパーティの日から。 俺は司と、まともな接触をしていない。 ◆ だって、無理だ。 あの日俺は、実里さんと司が二人で話しているのを見て、嫌な気持ちになった。やっぱり俺は、認めたくないけど、司が自分のものであってほしいと思っている。好きだなんて言えないけれど、司が俺の方だけ見ていればいいと思ってる。 ただ、その感情は許されない。 それは俺が男で、司も男だから。 いずれ離れ離れになると分かっていて、一緒にいたいと思えるほど、俺は聞き分けがよくない。 それなら今現在を、このまま楽しく過ごせたらいい。司がいて、紫先輩がいて、近江先輩が大倉先輩がいて。晴一さんがいて木崎がいて。 この時間を楽しく過ごせたら。 「―――きら? 晶?」 名前を呼ばれて、ハッと我に返った。 「はいっ!」 「やっぱりボーっとしてるね……疲れてるのかな」 今俺たちは、北校舎の入り口前にいる。 俺たち、というのは、紫先輩と大倉先輩、近江先輩に俺だ。これから中等部の敷地まで、担任・鳴海に送ってもらう手筈だ。何故かというと、学園祭のチケットを渡しに行くため。中等部の生徒会への挨拶も兼ねて、こちらから出向くことになったのだ。 「だ、大丈夫ですよ!」 「アキちゃん無理しちゃだめだよぉ?」 「………やっぱり、休んで」 口々に言われ、うっと詰まる。 「でも……」 「三人で平気だから。司が生徒会室にいるはずだから、あいつの手伝いしてやって?」 ね?と諭すように紫先輩に言われ、俺は頷いた。 気を遣わせるのは、好きじゃない。 [←][→] [戻る] |