斜陽
次の日から、早速準備が始まった。
「衣装班はデザイン起こすところから入って。インテリア班はイメージボード作って提出。フード班もイラスト起こして、それから材料の見積もり入って下さい。当日の集客数は不明だから、その辺の話し合いは俺も参加するから」
総指揮を担当する委員長が教壇に立って言えば、教室のあちこちから「はーい」と良い子の返事が聞こえてきた。
「料理の出来る人が少ない」ということでフード班に回された俺は、リーダーである的井の席に集まっている。同じくフード班の有坂は、「で、何作るの」と高飛車に言った。席数の都合で立ち話の人もいる中で、椅子に座って脚を組んで肘をつくという、堂々たる高飛車っぷりだ。
「当日は学食開放してるから、ドルチェと軽食にドリンクくらいでいいと思うんだよ」
的井が言うと、皆うんうんと頷く。
「ていうか他のクラスと被ったら意味なくね?」
「他クラスって何やんの?」
そうか、被ったらお客さんがあんまり来ない可能性が出てくるのか。
じゃあ何がいいだろう、と考えていると、いきなり右足をボコッと蹴られた。
「ぎゃっ!」
「市川に聞いてんじゃん。無視しないでよ」
「俺?」
ジンジンと痛む足は、どうやら有坂に蹴られたらしい。
さすりながら聞き返せば、有坂は集まったクラスメイトを顎でしゃくった。言われて見れば皆一様に俺を見ている。
「市川は生徒会なんだから知ってるかと思ったんだけど」
そうか、普通に考えたらそうだよな。
「他のクラスって何やんの?」
「あー……確か第一学年のEクラスが屋台風出店で、第二学年のSクラスが"チョコレート工場"」
「"チョコレート工場"?」
「何それ」
「………知らない」
昨日、近江先輩に訊ねたところ「えへへ! 内緒だよっ」とムカつくほど可愛く返されてしまった。なので第二学年Sクラスの催しは詳細不明だ。
「……で、後は何あるんだ?」
「あ、第二のCクラスが中庭使って野立てで、第三のSクラスがバー。Eクラスもカフェっぽいのやるみたい」
俺の口から「ホスト」とは言えなかった。
「んー……Eクラスヤバそうだな」
俺に質問をしたクラスメイト、舞原はうぅんと唸った。茶髪のロン毛がチャラ男っぽい、およそお坊っちゃまには見えないやつだ。
「え?」
「だって何やるか分かんないんでしょ?」
「え、あ、うん」
反対側から話を振られ、慌てて答える。
そう、第三学年Eクラスの出し物もまったく不明。クラス委員長の「シークレットでお願いします!」という宣言は、実行委員会をあっさり通ってしまったのだ。まったく、駒井先輩は何を考えてるんだか。
「Eクラスは、桜庭 晴一さんのクラスだ」
「……うわ」
舞原の声に、的井は思いっきり顔を歪めた。
桜庭 晴一さんというのは、あの晴一さんだよな。風紀委員会の晴一さんだよな。どうしてそんなにも嫌そうな顔をするのだろう。何か問題なのかと聞けば、舞原は「お前本当に何も知らないんだな」と呆れた風に言った。
「桜庭さんの家は三ツ星の料亭で、そんじょそこらのホテルのシェフなんかじゃ敵わねェの」
「えっ!?」
「明治時代は華族のおかかえ料理人だったらしいよ。今は勿論違うけど、由緒正しき、ってやつだね」
「家族? ファミリー?」
「馬鹿。要するに貴族ってこと」
次々とクラスメイトになじられ、俺はへこみつつも半ば感動した。
さすが晴一さん、あんなにかっこよくて優しくて料理も出来るなんて! 憧れます!!
「……市川ってマジで特待生?」
「バカな犬にしか見えないんだけど」
「一応、ね。まあ馬鹿にしか見えないことは否定しないけど、特待生であることも否定出来ないってわけ」
「ちょ、何言ってんだよ有坂」
俺がトリップしていたのをいいことに好き放題言うクラスメイト。一番ひどい有坂に不満を申し立てると、「じゃあその馬鹿面止めて」とあっさり言い放たれた。ショックを受けつつも、否定出来ない自分が悲しい。
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