--12 ◇ じゃあ風呂借りるな、と言った市川の声で、僕は自分が市川に風呂を勧めたことに気付いた。 市川と僕の経歴が、頭の中で交差する。 『俺が小さい頃から父さんはいなくて』 『春休みになってから急に、理事長が家に来て………』 『俺が経営してる古賀学園ってとこがあるんだけど』 『俺の父さんが、俺に高校行かせてやりたいって』 『家柄で差別するような環境で、その名字はやりにくいから』 『龍馬のために、用意してみたよ』 その時、風呂場から悲鳴が聞こえた。 「市川?」 「ききききき木崎ぃぃぃ!!」 リビングから扉を開けると、腰にタオルを巻いた市川が飛び出してきた。 「何だ」 「シンガポール! シンガポールが!」 「は? あぁ、マーライオンか」 円形の風呂の中心にある、小型のマーライオン。 市川はそれを見て驚いたらしい。 「何でマーライオン!?」 「あぁ、やっぱりこれも全室完備なわけじゃないんだな」 「ビックリしたマジでビックリした心臓口から出た」 叔父の小粋な計らいに呆れる僕と相反して、何故か僕にすがる市川。マーライオンと過去に何かあったのだろうか。 僕よりもやや小さいため、"白金の"つむじが見える。 「僕はお前に驚いたが」 濡れた市川の髪は、あの野暮ったいワカメブラックではなく、白金に輝いていた。 ところどころ黒が残っているため、おそらくカラースプレーで黒く染めていたのだろう。 分厚いレンズの眼鏡を外した市川は、綺麗な顔をしていた。 長い睫毛。厚い二重の瞼。 肌は白く、紅い唇が際立って見えた。 隠していたのか、この容姿を。 市川は暫く訳が分からないという表情を浮かべていたが、やがて再び「きぃやぁあああ!!!」と叫ぶと、風呂場に消えてしまった。 何のための変装かは知らないが、どこに逃げても此処は僕の部屋である。 上がってくるまで待とう。 ソファに身を投げると、どっと疲れが出た。 今日は色々なことがありすぎたのだ。 『そこの社長さんとの間に俺が産まれたんだって』 『中学の頃はグレたよ』 『春休みになってから急に、理事長が家に来て………』 違和感をぬぐい去ることが出来ず、市川の言葉が頭の中をぐるぐると回る。 『俺の父さんが、俺に高校行かせてやりたいって』 何かが欠けてる気がする。 どこかで繋がる気がする。 『お前、月兎に似てる』 噛み合わせの悪いパーツの間に、別の何かが入るはずだ。 『兄弟とか従兄弟、いるか?』 あ。 『市川を親衛隊から擁護しなくてはいけない』 パチン、と頭の隅で何かが弾けた。 ここ数日間の出来事が、僕の中で綺麗な円を描いた。 [←][→] [戻る] |